オリジナルそれとも模倣、あるいはオマージュ、インスパイア?
換骨奪胎, hommage, or imspire
「換骨奪胎」という、中国由来のちょっといかめしい四字熟語がありますが、それとほぼ同じ意味とされるフランス語に、 hommage :オマージュがあります。
このオマージュの意味は、「尊敬する先人の作品に影響を受け、似たような作品を創作すること」ということです。さらには、これと似た英語に imspire :インスパイアがあり、「感化される、影響を受ける」という意味があります。
さて今から、私が作品を創る上で何か強い影響を受けたと思う美術史上に名が残る画家たちの絵画をいくつか挙げてみます。
ネットで画像検索できた画家だけに絞った絵を紹介し、そのあとに、自分の作品を示します。
果たして、私の作品は、先人たちの絵の模倣でしょうか、それとも、オマージュ、インスパイア、あるいはオリジナルでしょうか?
まず始めに、ベルギー象徴主義の代表的な画家 Jean Delville : ジャン・デルヴィルです。日本ではあまり知られていませんが、よく引き合いに出されるのは、「死せるオルフェウス」という絵でしょう。
はねられた首が竪琴の上に乗っているという構図は奇怪なはずなのに、画面からは不思議な気品と陶酔に満ちた美しさを感じてしまいます。
次は、日本でも絶大な人気のある画家 Alfons Mucha アルフォンス・ミュシャの、あまり有名ではない「女性は荒野にて Woman in the Wilderness’ 」。
この絵は、ポスター制作で有名になった彼が、祖国チェコに戻って取り組んだ大作「スラブ叙事詩」連作の中のひとつです。座り込んで忘我の表情の女性と背後に見える獣の黒い影、そして、救いのように輝く空の光輪。静かな祈りと死を感じさせる、素晴らしいイメージ力のある絵だと思います。
もうひとつ、19世紀イギリス画家 G・F・ワッツ「希望」
この絵について、画家ワッツ本人は、「彼女は全力を尽くしてかすかな音に耳を傾け、可能な限り音楽を奏でようとしている」と述べています。
以上3つの作品はどれも、切なさと儚さが漂いながらも、何か希望と安らぎに満ちた光の到来を静かに待ち続けるような雰囲気があります。また、青春期にありがちな、自己陶酔に近い、ほのかなエクスタシーも感じました。
そして以下の、2007年初期に作った私のオリジナル作品は、上記の絵のイメージが心の奥に残像としてあり、強い影響があったと思われます。
20世紀美術に入り、超有名なダリ以外で挙げると、たとえばイタリアの画家キリコの作品1914年作「街角の神秘と憂鬱」
キリコといえば特に好きな作品はこれだけなのに、影響力はきわめて大です。光と影を演出する構図の見事さであり、与えるイメージの鮮烈さがあります。夢分析でも扱えそうな、記憶の闇に潜む「どこかで視たような異国の街と人影」に共振してしまうのでしょう。
そして、次に挙げる2008年オリジナル作品は、10代の時に見たキリコの絵の印象が潜在意識下に残り続け、自分でも無自覚なうちに影響を受けていたかもしれません。
さて次は、日本人としてはめずらしい作風の画家で夭折した古賀春江の「海」です。
何と、1929年という20世紀初頭に制作されていた、シュールとコラージュの見事な結合の油彩画です。
作品の傾向は全く違いますが、ミロやクレーも好きでした。ここではクレーの「美しい庭師」。
子供か、太古の人間、あるいは地球外生物が書いたような、奇妙で呪術的な感じもする形と色合いは独特の作風です。
最後に、あの岡本太郎にしてはちょっと異質な青年期の作品「痛ましき腕」
以上3つの絵は、その後も記憶の底に残り続けて、ある時、何かがきっかけになって違う形で蘇って来るのかもしれません。
そういう意味での私の2010年オリジナル作品が以下:
まとめ:私の結論
以上、何点か比較を行いましたが、私としては、先人たちの模倣はひとつもなかったはずだ、と思っています。
では、オマージュ、インスパイア、オリジナルのうちのどれだ、と問われれば、感化・影響の意味の「インスパイア」ではないかと思っているのですが・・。