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雲の切れ間から日が差すのが見えた

僕は雷が嫌いだ。すごく怖い。
今朝の散歩のとき、夏の朝日が照り付けるなか、時折まとわりつくような湿った風が吹いて、嫌な感じがした。
お昼を過ぎた頃、遠くの空が灰色になって次第に広がり、僕のいる犬舎の上もすっかり覆ってしまった。
灰色の壁のような空の下に、黒い怪物のような雲が現れ始めた。
突然、強い風が吹く。
・・・やっぱりだ。雷がくる。
犬舎の横に立っている梅の木の枝が揺れ、犬舎の屋根を叩く。
遠くで雷が鳴り始めた。
同居しているちょこは、黙って小屋の中に入ってしまった。
仕事に出かけているお父さんは、夜にならないと帰ってこない。
犬舎の屋根の下から灰色の空をじっと見る。
黒い怪物は、ますます大きくなってきた。
くぐもった雷の音が空から響き始める。
瞬く間に空一面が暗い雲に覆われ、大粒の雨が降ってきた。
雨は次第に勢いを増して、犬舎の屋根を叩く。
怖い。
体が激しく震えだし、小屋に入ろうとしたその時に、雷の閃光と凄まじい音が襲い掛かってきた。
小屋に飛び込んだけど、震えが止まらない。
空が粉々に割れて落ちてくるかもしれない。
逃げよう。
雷が勢いを増し、次々と襲い掛かってくる。
雷鳴が巨大なハンマーのように、あらゆるものを叩き潰そうとする。
犬舎の壁にはフェンスが張ってあり、針金で柱に固定してあるが、一箇所だけ、針金の結束が緩んでいる部分がある。
以前から目に付いて、覚えていた箇所。
ここから、逃げられるかもしれない。
そう考えたとき、震えが止まった。
針金をひきちぎろうと、前足で激しくひっかく。
針金の末端に肉球が引っかかり、肉球の皮が捲れあがってちぎれた。
今度は針金の緩んでいる箇所に牙を入れ、頭を強く左右に振る。
針金は少し緩んだが、まだ駄目だ。
雷はさらに大きな音で空気を震わせ、僕に激しく叩きつける。
ちょこが、小屋の中から不安そうに声をかけてきた。
「リク、雷は怖いけど、小屋の中でじっとしていれば大丈夫だよ。雷はいつか去ってしまうよ。だいいち、外に出たら、ご飯はどうするの?」
「わからない」と僕は答える。
「わからないけど、外に出たい。怖いんだ」
唇と歯肉が切れ、口の中に血の味が広がったところで、針金が切れた。
フェンスに頭を押し付け体重を一気にかけると、柱とフェンスの間に、隙間ができた。
その隙間に力任せに頭を押し込んで広げ、頭を外に出し、次に前脚を無理やり隙間にこじ入れ、フェンスの外に上半身が出た。
よし!外に出られる!
しばらくもがいて、身体全体が犬舎の外に出た。
ちょこが犬舎の中から僕を見ている。
「僕は行くよ。今までありがとう」
「気を付けて。寂しくなるよ」
心細げに佇むちょこに、何かもっと声をかけてあげたくなった。
「僕は、いつも君を思い出すからね」
ちょこが頷くのを確認してから、僕は飛ぶように走った。
皮の捲れた肉球が固いアスファルトに触れるたびに、鋭い痛みが体を突き抜けるけど、絶対に止まらない。
どこに行くかなんて、思いつかない。
走りながら家の方を振り返ると、赤い屋根が雨の中に霞んで見えた。
「リク!」
ふいに、お父さんの声が聞こえた気がして、反射的に身体を翻し、じっと耳を澄ます。
いつの間にか雨は小降りになり、雷の音が遠くに聞こえる。
お父さんの声は、もう聞こえない。
ずぶぬれになった身体を思い切り振って水気を飛ばす。
再び走り出すと、雲の切れ間から日が差すのが見えた。


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