冬の色彩|#シロクマ文芸部
「冬の色」ではじまるお話を書きます。
2作目です。
#シロクマ文芸部 さんの企画に参加します。
よろしくお願いします。
「冬の色彩にしてほしいんだ。」
男はそういうと天井を見上げ、こう続けた。
「君に任せるよ。」
◈◈◈
アルバイト先の画廊にふらっと入ってきた男と目が合ったが、『冬の女』と名前のついた絵画の前で立ち止まりそれを見つめていた。
その男の顔に見覚えがあった。
普段は画廊に来る客に声などかけない。
たいがいの客は冷やかしだ。
買う気もないのに財力を見せびらかしにやってくる。
だがこの男はその輩とは違った。
「その絵、気に入っていただけましたか?」
「君は?学生?」
「はい。この裏の美大です。」
「また来るよ。」
そう言うと、静かにドアへ向かった。
男を追いかけオーナーの名刺を手渡した。
「明日は展示絵画の入れ替えがあります。」
「また是非いらしてください。」
◈◈◈
オーナーに『冬の女』を残してくれとお願いしてはあったが、壁に残っていたことを確認して安堵した。男がまた来てくれるのを待っていた。
だからドアからあのコートが見えたとき、心臓の高鳴りが抑えられず、男に聞こえやしないかとどぎまぎした。
「この絵 買うよ。」
「ありがとうございます!」
受付テーブルに置いてあるメモ用紙に、苗字と住所、電話番号を書いて渡された。
好きな字だ。
◈◈◈
男の住まいは一昔前に流行ったデザイナーズマンションで、真っ白であったろう外壁は、見る影もなく薄汚れていた。
殺風景な部屋は、ワンルームにしては広い空間だった。
白い壁の一部に黒ずんだ染みがあり、それを隠すために絵を飾ろうと考えたようだ。しかし、その染みはかなり大きく、絵画では隠しきれないので、壁を冬の色で塗ってくれという。
冬の色彩って…
後日、アクリル絵の具を多めに用意し、絵描き道具一式を持って男のマンションへ向うが、逸る気持ちを抑えきれず、早歩きになってしまい、着く頃には心臓がどきどきしていた。
◈◈◈
パレットの上で淡いグレーやブルー、ホワイトの絵の具をざっくり混ぜる。
この壁をキャンバスにして冬の色彩を表現するのだ。
黒ずんだ染みを目にしたときから、こんな色がいいと決めていた。
『冬の女』に相応しい色だ。
何時間も休まずに手を動かし続け、思い通りの壁になってきた。あと少しで壁の染みも消える。
その時、男が背中から抱きついてきた。
いつも父に殴られて顔を腫らしていた母が脳裏に浮かんだ。離婚してからも父に会い行っていた母。15年前のある日、母は戻らなかった。失踪したのだ。
男の舌が首筋を這う。
「あなたが画廊に来た時から、この時を待っていたわ。」
「俺もだよ。」
男の舌が胸に辿り着く。
ペインティングナイフを持つ腕を振り上げる。
「15年前と同じ色に塗ってあげる。」
『冬の女』の中の母が微笑んでいた。
◈◈◈
(終)