【054】自己承認欲求の奴隷にならないための「欲望の見つけ方」ルーク・バージス著
哲学者ルネ・ジラールの "模倣的欲求 "の理論によれば、私たちのさまざまな欲望は、自らの内面から生じているように見えて、実は周りの人の欲望を模倣しているだけなのだそうです。
欲望は、他者との交流があるからこそ抱くことができる、極めて社会的なものであると言いう論は斬新ですが、思い当たるフシがあるように思います。
このジラールの理論をベースに、人間の欲望の仕組みを紐解いた本がルーク・バージスの「欲望の見つけ方」という一冊です。「確かに!」という感覚が得られるとても面白い本でした。
身の回りのプロダクトやサービスがこぞって人の承認欲求を鼓舞することで搾取しようとしている現代において、承認欲求の奴隷=搾取される側になることなく、本当に自分が望む人生を生きるための指南本としても、自分の欲望の源泉を知っておくことは有益です。
ということで、今回はこの本の個人的な気づきと雑感をまとめてみました。
ジラールの理論によれば、人間は生まれながらに、他者が何を欲しがっているかを気遣う本能を持っていて、結果として他者が欲しいものを欲しているのだそうです。ほとんどの人が、欲望は自らの内面から湧いたものであると錯覚しているけれど、実はそれは他者の欲望の模倣にすぎず、必ず欲望の”モデル”が存在していると。
マーケティングの世界では「インフルエンサー」の言動が人の購買動機の原動力になり得ることは常識かもしれません。さらにこの「模倣理論」では、家族、クラスメート、同僚、友人、ソーシャルメディアのコネクション等、あらゆるものが意図しないインフルエンサーとしての影響力を持っており、私たちの欲望形成に影響を与えている、むしろ全ての欲望は他者の模倣によって生じたものであるという、なかなかの大胆な理論なのです。
文中では、恋愛の基本的行動や物語の構成などを例示しながら(具体例は割愛しますが)、その理論を用いて裏付けてくれるので、面白いだけでなく説得力があるのです。
そして同書において、わかりやすい例として取り上げているのが、”モデル”プラットフォームであるFacebookです。Facebookの利用者にとってのコアバリューを”模倣のモデルを見つけ、追いかけ、それによって自分との違いを認識することでアイデンティティを形成することができるメディアなのだと、同書では定義しています。
人間が生まれながらに持っている模倣の本能がFacebookを利用する動機になるから、人はFacebookを利用しないわけにはいかないと。驚いたのは、かのピーター・ティールが、ジラールの「模倣理論」に注目していた一人だと紹介されていて、ピーター・ティールははこの模倣理論を信じていたからこそ、Facebookの将来性を信じて50万ドルの投資を決定したのだそうです(まじですか?びっくり!)
同書ではそれに対する警告も発しています。facebookのようなプラットフォームが増長する模倣行動に支配されると、私たちは他者と競争することにとりつかれ、他者を基準に自分を評価・判定するようになります。アイデンティティの形成が模倣のモデルに依存してしまったら、そこから逃れることは難しいと。
Facebookのようなグローバル規模のSNSが登場するまでは、人の模倣のモデルは現実世界(アナログであって手の届く範囲の小さな世界)に存在する身近な誰かでした。それがSNSの登場により、世界中の人々が模倣のモデル=競争相手になりました。それによって、模倣のモデルを追いかける勢いは加速し拡大し、欲望があっという間に広がる世の中になっていると。一人一人が意図せずその拡大を加速するパーツを演じてしまっているのです。
自分自身を振り返っても、インフルエンサーのように意図された外部情報だけでなく、日常的に接するすべての外部情報が私の言動の源泉になっているらしい…という結論に至りました。
じゃあ今この時代を、模倣のモデルに支配されずに生きるにはどうしたらいいのか?
その解決方法の一つが、自分の欲望の源泉を理解することだと言います。
自分の欲望が社会的に形成されるものだとわかっていれば、模倣する対象をより意図的に選別したり、欲望をコントロールすることができるはずです。そうすることによって、模倣の無限ループから抜け出し、より豊かで充実した人生を送ることができる、そんな提案もなされています。
具体的にはこんな感じです。
自分がどうしても手に入れたいと思った時に、それが自らの内側から湧き出るまっすぐな欲望なのか、何らかの欲望のモデルを介した屈折した欲望なのかを認識し、分けて考えることによって、本当に叶えるべき欲望と、叶える必要のない欲望を認識できます。そうすることによって、欲望をコントロールしようとする外部要素に搾取されることなく、自分らしい生き方ができるのであると。
自分の欲望のルーツを分解&分類できるのであれば、自らの欲望とも適切に向き合っていけるように思いませんか?
逆に、この模倣理論を逆利用する方法もあります。
「あなたの周りの5人の平均があなたである。周囲の5人を見ればその人がわかる」とはよく言われますが、模倣が全ての欲望の源泉になっているのであれば、周囲の人=つまり”最も影響力の大きな模倣のモデル”を見ることで人物を知ることができるのも、当然のように思えます。
そして、模倣のモデルにあえて乗っかる選択をするならば、自分が理想とする人達と過ごす時間を増やせばよいということになります。そうすれば、その人たちが自分のあらゆる欲望をコントロールすることになるので、知らず知らずのうちになりたい自分になっているはずです。
人間の欲望は社会的なものだなんて・・・
そんな仕組みを知るほどに、人間って情けないけど愛しいものに思えてきます。こちら、なかなか面白い本だったので、おすすめです。