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科学教育におけるコンピテンシー概念の定義に向けて

本記事は、オンライン読書会(@ScienceEducat10)での発表と、参加者による議論をまとめたものです。理科教育 Advent Calendar 2022 の 2日目の記事を兼ねています。
この記事では、経済分野で登場したコンピテンシー概念が教育分野に導入された過程を整理した上で、科学教育におけるコンピテンシーとは何かについて考える基盤を示しています。

社会の変化とコンピテンシー概念の登場

社会状況の変化と新しい能力観の必要性

現代社会では、科学技術の進歩やテクノロジーの発達、グローバル化が恩恵をもたらす一方で、世界の複雑化と新たな社会問題を引き起こしています。このような社会変化に対応する教育目標を新しい概念として整理したいという需要から、近年、コンピテンシーという言葉に注目が集まっています。例えば、OECDの実施するPISA調査においても、従来のリテラシーという表現からコンピテンシーという表現へと徐々にシフトしています。リテラシーのような従来の能力表現が個別のスキルに焦点を当てていたのに対して、コンピテンシーでは、知識・スキル・情動などから構成される全体的・複合的な能力を概念化しています。

コンピテンシーという言葉の由来と変遷

もともと、英語のCompetentという言葉には、「有能な」「能力がある」という意味があります。そこから派生して、1950年代後半から70年代にかけて、Competenceという言葉が「一定の能力がある」という意味で用いられるようになりました(e.g., White, 1959)。その後、1980年代になると、Competencyという言葉が同様の意味で用いられるようになります。Competencyという言葉の初出は、 McClellandの研究だと考えられています。ハーバード大学の教授であったMcClelland(心理学)はMcBer 社とともに、 学歴や知能レベルが同等の外交官に業績の差が出るのはなぜかを研究し、知識・技術といった目に見えるものだけでなく、人間の根源的特性のような目に見えないものを含む広い概念としてCompetencyという言葉を用いました(McClelland, 1973)。McClellandの研究は、筆記試験で測れる力が必ずしも職業上の能力に直結していないのではないかという問題意識からスタートしており、Competencyには幅広い特性が含まれるものと考えられます。

コンピテンシーの多様な定義

その後の研究では、多くの研究者がコンピテンシーの独自の定義を主張してきました。加藤(2011)は国内外の定義をレビューした上で、以下のようにまとめています。

「多くの定義に共通するのは、高業績もしくは優れた業績につながる特性という点、およびそれを生み出す根源的な特性であるという点である。
一方、異なっているのは根源的な特性に何を含むかという点である。McClelland やその流れをくむ者たちは、コンピテンシーを動機や自己概念、価値観などの見えない部分から知識、スキルなどの見える部分まで広い範囲にわたっているとしているが、Losey(1999)のように知能をコンピテンシーに含むものなどもある。」

加藤(2011)より

このように、コンピテンシーが人間のパフォーマンスに貢献する多様な特性であるという点では見解が一致しているものの、具体的に何を含むのかについては研究者間で意見が分かれています。

教育分野におけるコンピテンシー概念の系譜

教育におけるコンピテンシー概念の導入と混乱

主に経済領域を中心として、概念化されてきたコンピテンシーですが、近年では教育分野にも導入されています。経済領域で登場したコンピテンシー概念が教育に影響する理由としてDolin(2013)は以下の点を指摘しています。

  1. 社会へ向けた準備としての学校の役割
    特定の知識のみを提供するのではなく、一般的な社会化や人生への準備を提供するという学校の役割を反映している。

  2. 個人に求められる特性の複雑化
    コンピテンシーの概念は、近代およびポスト近代が個人に課す要求の複雑さをとらえる概念の必要性を反映している。

  3. 知識伝達の限界と能力へのシフト
    社会における知識の量が制御不可能なほど急速に増加しており、教育が無作為に知識を選択し伝達するのではなく、知識の習得方法や教科内の汎用的な能力に焦点を移さなければならなくなった

  4. 国際的な傾向の追従
    国際的な傾向として、国のカリキュラムや学校教育で期待される学習成果に関する記述は、学ぶべき知識やスキルではなく、コンピテンシーという言葉で組み立てられることが多くなっている。

しかし、教育分野へのコンピテンシー概念の導入には混乱も見られ、広く受け入れられる定義や統一的な理論はいまだ存在しないと考えられています(Weinert, 2001)。この問題について、Rychen & Salganik(2003, p. 41)は以下のように述べています。

「学校、職場、社会的状況で個人が学ばなければならないこと、知らなければならないこと、できなければならないことを説明するために、スキル、資格、能力、リテラシーなどの用語が不正確に、または互換的に使用されている」

Rychen & Salganik(2003, p. 41)

このような混乱の中にあって、私たちは教育におけるコンピテンシー概念を整理していく必要性があります。

OECDのDeSeCoプロジェクト(1997年~)

教育分野におけるコンピテンシー概念を整理したプロジェクトの1つに、OECDのDeSeCo(Definitions and Selection of Competencies)プロジェクトがあります。このプロジェクトは、現在および将来の課題に直面するために必要な幅広いコンピテンスについて、確固たる理論的・概念的基盤を提供することを目的として1997年に開始しました。プロジェクトでは、Weinert (2001) のアクションコンピテンスモデルを参考に、社会や職業上の要求とそれにこたえるために必要な機能を考える要求・機能指向アプローチでコンピテンスを定義することになりました。
結果として、DeSeCoプロジェクトにおけるコンピテンスの定義は以下のようにまとめられました。

「コンピテンスとは、知識や(認知的、メタ認知的、社会情動的、実用的な)スキル、態度、価値観を結集することを通じて、特定の文脈における複雑な要求に適切に対応していく能力」

Rychen & Salganik(2003, p. 43)

この定義では、特定の課題に対処するための様々なリソースを持っているだけでなく、複雑な状況の中でそれらを動員して調和させることが求められています。

さらに、DeSeCoプロジェクトではコンピテンシーの中でも特に重要だと思われるものをキーコンピテンシーとして、図のようにまとめています。ここでの”特に重要”という判断基準は、①個人と社会の両方に価値があり、②汎用的であり、③非専門家にも重要であるものです。

3つのキーコンピテンシー(図は、国立教育政策研究所HPより)

DeSeCoプロジェクトのコンピテンシーの検討は、OECDが実施するその後の国際調査にも影響しました。例えば、PISA(Programme for International Student Assessment)の2015年調査では、以下の図のように科学のコンピテンシーを整理しています。

PISA2015 科学の枠組み(OECD, 2016)

OECD以外にも、世界中の多様な機関・プロジェクトが21世紀のコンピテンシーを提案しています。一例を挙げると以下のようなものがありました。

●米国の国家プロジェクト
・Partnership for 21st Century Skills (2002~)
・ATC21S (Assessment and Teaching of 21st Century Skills) (2009~)
●EUのプロジェクト
・EU European Reference Framework (2006)
・Europe Reference Framework of Competences for Democratic Culture (2016)
●国際機関
・UNESCO Global Citizenship Education (2015)
●企業中心
・enGuage 21st Century Skills (2002)
・Deeper Learning Competencies (2010)
●国家のカリキュラム改革
・ニュージーランド:5つのキー・コンピテンシーを整理したカリキュラム
・オーストラリア:汎用的能力の育成を目指すカリキュラム改革
・シンガポール

2000年代初頭からのこのようなプロジェクトを経て、教育の世界的な傾向はコンテンツベースからコンピテンシーベースへとシフトしていくことになります。

OECDのEducation2030プロジェクト(2015年~)

DeSeCoプロジェクトの最終報告から12年が経過し、コンピテンシー概念を再検討する必要性が生じたため、新たにFuture of Education and Skills 2030 (Education2030) プロジェクトが開始されました。
第1期(2015~2018)では、将来的にどのような知識、スキル、態度、価値観が必要になるのか(What)の部分が検討されました。第2期(2019~)では、それらのコンピテンシーを効果的に育成するにはどうすればよいか(How)の部分が検討されています。
DeSeCoプロジェクトとの違いは、コンピテンシーを発揮した先にある目標をウェルビーイングとして設定している点にあります。経済的な幸福だけではない、現代の多様な幸福(well-being)の実現に向けて、どのようなコンピテンシーが必要なのかが再検討されています。

OECD Learning Framework 2030

科学教育におけるコンピテンシー

上記の流れを受け、科学教育の分野においてどのようなコンピテンシーが重要なのかが検討され続けています。例えば、鈴木(2019)は、生物教育におけるコンピテンシーを以下の図のように整理しています。

鈴木(2019)図4より

また、本記事の著者らは科学のコンピテンシーが将来的なウェルビーイングにどのように貢献するかを以下の図のように整理しています。

中村(2022)科学教育におけるコンピテンシーとウェルビーイングへの貢献

このように、科学のコンピテンシーには多様な要素が含まれる可能性があります。社会の中での科学の重要性がますます高まる中で、これからの時代に必要な科学のコンピテンシーを検討していく必要があるでしょう。

引用文献リスト

  • Dolin J. (2013) Competence in Science. In R. Gunstone (Eds.) Encyclopedia of Science Education. Springer, Dordrecht. https://doi.org/10.1007/978-94-007-6165-0_430-1

  • 加藤恭子. (2011). 日米におけるコンピテンシー概念の生成と混乱 (組織流動化時代の人的資源開発に関する研究: 組織間協力と組織間人材移動をふまえた人材開発・育成・活動の問題を中心として). 産業経営プロジェクト報告書, (34), 1-23.

  • McClelland, D. C. (1973). Testing for competence rather than for "intelligence." American Psychologist, 28(1), 1–14. https://doi.org/10.1037/h0034092

  • Organisation for Economic Co-operation and Development[OECD]. (2016). PISA 2015 assessment and analytical framework: Science, reading, mathematic and financial literacy. OECD publishing.

  • Rychen, D. S., & Salganik, L. H. (2003). A holistic model of competence. In Rychen, D. S., & Salganik, L. H. (Eds.). Key competencies for a successful life and a well-functioning society. Hogrefe & Huber Publishers.

  • 鈴木誠. (2019). コンピテンス基盤型教育の動向と日本の理科教育への導入の可能性―理科教育を通して育成すべき資質・能力とは何か―. 理科教育学研究, 60(2), 235-250.

  • Weinert, F. E. (2001). Concept of competence: A conceptual clarification. In D. S. Rychen & L. H. Salganik (Eds.), Defining and selecting key competencies (pp. 45–65). Hogrefe & Huber Publishers.

  • White, R. W. (1959). Motivation reconsidered: The concept of competence. Psychological Review, 66(5), 297–333. https://doi.org/10.1037/h0040934

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