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私のなかの彼女

昨年の夏に日本へ帰ったときに、実家の近くの商店街に一軒だけある古本屋で買った本だった。
角田光代は大好きな作家だから古本屋に入って読んだことのない書籍を見つけると手にとってレジに向かってしまう。
「西加奈子のなんでもいいのでありますか?」と店員さんに聞くと、丁寧に探してくれた。
その前の年の夏に行った時とおんなじ店員さんだった。そのときも頼まれていた漫画の単行本を一緒に探してくれたんだった。

「サラバ!の上巻だけですけど、ありましたよ」
しばらくしてそう言って渡してくれた。
これも読みたかったから、嬉しかった。下巻はまたいつか買いに来よう。

本屋より古本屋が好きだ。安く買えるというのもあるけれど、あのなんとも言えない本が好きだという人たちのエネルギーを感じる重厚な雰囲気が好きだ。いるお客だけでなく、いやむしろそれは売られている本たちから発されているような気がする。
あの独特の雰囲気が好きだ。

というわけでこの「私のなかの彼女」をメキシコで読み始めた。はじめの方はなんだか話の芯がつかめずなかなか読み進められなかった。
ぽつりぽつりとゆっくり時間をかけながら読んでいるうちに、中盤からぐっとスイッチが入った。止められなくなったのは、コロンビアから戻る飛行機の中でだった。
主人公がなんだか自分と重なった。長年連れ添った彼氏との、ギクシャクしていく描写が痛かった。そんな長年連れ添った彼氏もいないのだけど、ギクシャクしていく様が妙にリアルだった。いつもそういう描写がひどくうまい。痛いほど上手い。
自分の人生まで不安になった。
ちょうど遠距離の彼氏と数週間過ごして次はいつ会えるかまだわからない、そしてまた一人の生活に戻る飛行機の中だったから、そういう部分でもぴたりと重なった。主人公の心荒んでさまよう感じと、自分のそのさまよいが似ていて少し怖かった。
女という人生について、彼女の描く作品はいつもそうだ。少なくともわたしが好きな作品は、こうやってリアルに女が残酷なままに飄々と描かれていく。人が普段は避けて生きているその「生々しさ」をこれでもかと描き始めたときに、胸が痛くなって苦しくなる。追い詰められたような気持ちになる。
羨ましい。そんな風に描写してみたいなと思う。そんなことができたら、いままで心の中に詰まって言葉にできなかった思いを言葉にできたら、きっと気持ちがいいだろうと思う。成仏できるのではないかと思う。浮き出ては心に蓄積していく名前のない感情が、成仏できるのではないかと思う。

だから、女の人生を書いている小説や映画が好きだ。わたしが女であることを当たり前ながら自覚する。わたしの表現できなかった心の機微を代わりに書いてくれるような作品が好きだ。

この本を読んでいるときに、ふと思い出した本がある。それもひとりの女の人生を描いたものだ。白石一文の「私という運命について」。読みながら号泣したのを覚えている。
たしかこの前帰ったとき物置で見つけて、持って帰ってきていたはずだ。

次はこれを再び読もうと思う。
日本語の紡ぐ素晴らしさ。いい本に出会うたび、特に外国で暮らし始めてから、日本語の素晴らしさに感動する。
その言語を理解し感動できる喜び。
他に替えられない幸福である。



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