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【エッセイ】夢で逢えたら

午後0時、ちむどんどんを変えるおじいちゃん。どこのおじいちゃんもチャンネルを変えたがる。私が熱中していることも知らずに、、
田舎のチャンネルは留まることを知らない。

蕎麦打ち粉で汚れたエプロンから伸びる手は、シミいっぱいで日によく焼けている。
そして、小刻みに震えている。

小さな木造のこの店で、
「チキン南蛮定食(温かいうどん)」を頼んだのは、もう二年ほど前のことである。

おじいちゃんは半分まで減り汗をかいた私のグラスに手を伸ばし、水を追加した。
その後も律儀に私のグラスの水の量を確認する。

漬物の入った壺の横には、無造作に卵が積まれ、立ち上る湯気は木造の小さなこの店を包み込む。
グラスの氷が音を立て、店内を涼ませた。

「三本以上お買い上げで送料無料」と大きく記したシンプルな広告を片手に、
「いらっしゃい」と客を迎える。
客は慣れた手つきで椅子を引き、
カレーうどん小ライスセットを注文した。

細長い紙に黒すぎる墨で書かれたメニュー表には、「そば・うどん選べます」とあった。

私は常連客がいることに妙な安堵を浮かべながら、うどんを啜った。

この木造の小さな店は通りかかる度、
「休業」の看板が私に挨拶をした。

今日は大暑と言い、字の如く一年で最も暑くなる日みたいだった。
休業から営業へ変わった看板を眺め、
喜びを感じる暇もなく私は大暑の外気から逃げるように店の扉を開けたのだった。

店先のゼラニウムは今にも焦げ付きそうで、
元気を無くしている。

私は二年前のランチタイムを丁寧に思い出しながらグラスの水を飲み干した。
確か店を出るとき、おじいちゃんの息子である店主に「ご飯足りましたか?」と聞かれ、
心が温まったことを記憶している。

私は830円のお会計に千円札を差し出し、
お釣りを受け取った。
「ご馳走様でした」と会釈をし、
大暑の外気に戦いを申し込んだ時、
店主は私に「お腹いっぱいになりましたか?」と問いかけた。

変わっていなかった。
この二年間、なにも、なにも変わっていなかった。

「休業」の重くて軽い二文字を歯牙にもかけず、笑顔だった。
大暑とは変わり、この二年間で痛くて冷たい冬を二度も超えた。
その温かい言葉は、二年間のそれぞれの生活を想像させ、そして繋いだ。

私は静かに木造のお店の空気を自分のものにした。
声も上げることなく大粒の涙が頬を伝った。

おじいちゃんは小刻みに震える手でチャンネルを変えていた。

#福岡県  #福岡市 #井尻 #ランチ #うどん

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