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僕詩。 3.あたらしい友達

次の日も聡介は学校に行かなかった。
 寝て、すこし勉強して、漫画を読む。ご飯を食べて、散歩して、また寝る。母親に買い出しを頼まれるようになり、スーパーに買い出しに行ったりもした。
 秋斗から一度連絡があった。
「学校こいよ、つまんないけど」
「いま元気ないんだ。元気になったらいくよ」
「そうか。またな」
 とくに何も聞いてこない。秋斗はいいやつだ。根掘り葉掘りどうしたの?大丈夫?なんて言われたくなかった。大丈夫ってきかれたら大丈夫としか答えられないからだ。どうしたの?ってきかれても自分でもわからなかいからだ。何も聞いてこない秋斗はいいやつだと思った。
 何日か休むとさすがに暇にもなってくる。聡介は母親の言った「詩を書いてみたら」をふと思い出した。詩なんてだいそれたものかけるわけがないのに。母親は何を期待しているのだろう。学校へ行って欲しいのだろう。来週には終業式があって、今年一年もあと少しだ。
 聡介はノートを開いた。ペンを持って、思いつくままに書き始める。


 もしも夢を見なくていいなら
 たくさん眠りたいのに
 どうしても夢を見てしまうなら
 どうせなら空を飛ぶ夢がいい
 僕はどうしてここにいるんだろう


 たった5行の文章を詩と呼べるのだろうか。聡介はノートとペンをもって布団に戻った。眠らなくていい、ただ横になろう。思いついたらまた書こう。とにかく今は何もしたくないんだ。

 なにもしたくない

 ノートにもそう書いた。なにもしたくない、ただそれだけだ。「なにも」がとても重たかった。

 父親はどこにいるのだろう
 生きているのか
 死んでいるのか
 僕はどうして生まれてきたのだろう
 愛されて生まれてきたのだろうか
 僕はどうやって生きていけばいいのだろう
 生きていく 理由はなんだろう
 生きている 意味はなんだろう


 思いつくままに次々と書いた。溢れ出る言葉を書いた。


 松野ゆいは僕のこと好きかな
 好きになってくれるかな

 好きだって言ったら困るかな


 学校に行こうかな


 聡介は思い切って学校へ行った。久しぶりの学校はすこし怖かった。けれど校門で秋斗が「おーきたか」と迎えてくれた。担任の先生も「来たか、よかった」と言っただけだった。授業を受け、給食を食べ、午後になると少し緊張もほぐれてきた。
 「みんな眠くなったか。午後の授業始める前に転入生だぞ」
 「海原勝也(かつや)です。勝つ也で勝也。埼玉から来ました。よろしく」
 教卓の横で勝也は名前に負けない元気さで言った。「俺将来はサッカー選手になるんだ。みんな、今のうちにサイン書いてやるよ」と笑った。聡介は自分とは違うタイプの人間だと思った。自分に自信があって、芯がしっかりしていて、正義感に溢れ、そして行動できるタイプの人間だと。対して聡介には自信がなかった。芯もなかった。正義感はあったけれど、行動できるほどではなかった。前に一度、お年寄りに席をゆずろうとしたら「そんなに年寄りに見えるか」と怒鳴られたことがあった。それ以来、たぬき寝入りをすると決めた。本当に杖をついているとか、そういうときは別だけれど。
 滅多にない転入生に、しばらくのあいだ教室はざわついていた。勝也は髪を短く切りそろえ、日に焼けてがっしりとしていた。いかにもスポーツマンだ。眉毛は濃く、目は力にあふれていた。
「ほら、数学はじめるぞ。教科書43ページから。海原おまえは後ろほうの左側の空いてる席だ」
 休み時間になると、勝也の周りに数人集まって転入生がどんなやつなのか質問攻めにしていた。
「埼玉のどのへんからきたの?」
「春日部。クレヨンしんちゃんのとこから」
「本気でサッカー選手になるの?」
「もちろん。毎日練習してるよ」
「なんで転校してきたの?親の転勤とか?」
「うち、離婚したんだ」
 そこでパタッと質問は止んでしまった。まずい質問だったかと、バツの悪そうなクラスメイトに海原は明るく言った。
「たいしたことないんだよ。サッカーやるためにとーちゃんと一緒にこっちきたんだ」
「そ、そうなんだ。がんばってね」
 クラスメイトの言った「がんばってね」は本気の応援ではない。ただの社交辞令だ。勝也は「おう。毎日楽しく練習してるよ。で、誰かサイン欲しい人、いる?」
 どっと笑いがあふれた。勝也は強い人だと聡介は思った。聡介とは友達にならないタイプだ。秋斗は秋斗でしたたかだけれど、闇をしっている。小学生のときに少しいじめられていたからだ。聡介はいま闇の中にいる。勝也は闇をしっているのだろうか。人の中にある闇の部分を。暗くて長いトンネルの闇を。

 人には闇がある
 暗い長いトンネルの中をずっとずっとひとりで歩く
 こだまする足音があるのに
 しんと静かで 進んでいるのか迷っているのか
 合っているのか間違っているのかわからない

 細い針の上にたっているような
 のどに石がつまっているかのような
 息苦しい 息苦しい
 トンネルの先が 光なのか 怪物なのか
 それさえもわからないんだ

 それでも歩いていく
 足がすりきれて血だらけになっても
 重石をくくりつけられていても
 歩いて行かなくちゃ 生きているあいだは
 生きていかなくちゃ 命あるあいだは

 どうして 生まれて来たのだろう
 どうして 生きていくのだろう

 僕を駆り立てているのはなんなのだろう


 ノートにはだいぶ詩がたまってきていた。文字はすごく乱暴だった。
 いきたくない。いきたくない。学校にいきたくない。勉強が嫌いなわけじゃないけど、いじめられているわけじゃないけど、学校にいきたくない。もう限界だ。
 また飛び出していっても、結局帰ってくるしかないんだ。未成年だし。補導されたりなんかしたら、母親に迷惑がかかるだけだ。
 聡介はまた学校を休んだ。
 母親は「そう、つらいのね。休んでいいよ」といった。
 

 僕の詩(うた)

 僕はまいご 人生の迷い子
 だれか助けて この広い荒野で
 生きていく方法を僕はしらない

 だれか助けて 僕を好きだと言って
 僕を必要だと言って
 僕を認めて

 僕はまいご 人生の迷い子
 これは僕の詩(うた)
 僕の心の叫び


 夢を見ていた。
 エスカレーターを上っていた。その先は下りのエスカレーターで、また上りのエスカレーターだった。聡介の口の中で、歯がぼろぼろと崩れ落ちた。全部の歯が抜け落ちた。口一杯の血と歯を聡介ははきだした。夜だった。屋根の上にいた。大きな月が迫ってきていた。月の表面にはたくさんの目があって、ぎょろぎょろと聡介を見ていた。のびてきた黒い霧のような手が、聡介の喉を掴んだ。ぐっと締め付けられ、聡介はもがいた。水の中でもがいた。おぼれていた。足を海藻か何かのぬめっとしたものがつかんでいた。水の中に引き摺り込まれていた。そんな聡介を、聡介はじっと見ていた・・・・。
 「聡介、起きてる?」
 母親のノックの音で飛び起きた。汗でTシャツがまとわりついていた。窓の外はいつのまにか夕暮れにかわっていた。部屋は薄暗かった。時計は16時28分だった。
「梅原くんって子がきてるわよ」
「着替えてからそっちいくよ」
 なぜ転入生がうちに?いそぎのプリントならクラス委員が持ってくるのに。
「よお、なんか先生が行けって言うから来たよ」
 勝也は開口一番に答えを言った。堂々としていた。
「名前そうすけだっけか。俺、勝也。よろしく。なんか先生がよ、お前が落ち込んでるからちょっと元気分けてこいって言うから。俺が元気すぎてうるさいとかひどいこと言ってたよ」
 サッカーの練習の前に来たのだろうか、サッカーのユニフォームを着ていた。
「ちょっとまって、もう少し静かに話してくれ。頭がいたいんだ」
「それは大変だな。薬かなんか飲めば?」
「いや、そこまでではない」
「じゃあ元気わけてやるから、元気がない理由を教えてくれ。原因がわからないとどうにもならないからな。腹減ってるのか?」
「いやお腹は・・・。」
 自分でもわからない原因を、こいつに言えるわけがないじゃないか。だいたい親しい秋斗にも何も言えてないのに。なんてずうずうしいやつなんだ。
 だんまりしていると、勝也は急に真面目な顔をした。
「失恋か」
 あんまり真面目に言うので聡介はおかしくなって笑ってしまった。
「いや失恋じゃないよ。ただちょっと疲れてるんだ。考えすぎちゃうんだ」
「考えていいことなんかないぞ。考えるとゴールを外すからな。でも直感は大事にするんだ。今いける!と思うと難しい状況でも不思議と決まるんだよなぁ」
「僕はサッカーのことはわからないよ」
「サッカーだけじゃない。生きてくことも同じだよ」
「まるで先生みたいだな。僕らより長く生きているの?」
「何言ってんだよ、同い年だろ」
 勝也は笑った。八重歯が見えた。女子が好きになりそうなやつだ。
「聡介は考えすぎちゃうんだな。じゃあ今度俺と遊ぼうぜ。考えないやつかどうやって生きてるか教えてあげるよ。楽しいぜ」
「なんか怖いなあ。無謀なことしそうで」
「無謀はしても無茶はしないから。直感で危機は避けるから大丈夫なんだぜ。じゃあ次の日曜な。迎えにくるから」
「え、あ、うん」
 勝也は母親の出したお茶をぐいっと飲み干すと勢いよく立ち上がった。
「お茶ごちそうさまでした。俺帰ります」
「あ、はい。おそまつさま。気をつけて帰ってね海原くん」
「またなー聡介」
「う、うん」

 次の日曜日、まさにデート日和と言わんばかりに晴れていた。そしてほんとうに勝也は聡介を迎えにきた。なぜか秋斗も一緒だった。
「聡介ー、行くぞー」
 玄関に2人が狭しと並んでいる。
「なあ、どこに行くんだよ。俺んちに急に転入生迎えに来てびびったよ」
「俺のなまえ、転入生じゃねーし。勝也って呼べよ」
「おまたせ。なんで秋斗もいんの?でどこ行くの?」
「俺についてこい!ってやつだぜ。ナイショ!」
 秋斗と勝也と聡介は、広い公園に行った。アスレチックを小学生と一緒に登ったり、枯れた芝生の上で買った焼きそばを食べたり、沼でザリガニを釣ったりした。かと思えば、どんぐりや枝や小石を集めたりもした。まるで子供みたいだ。鬼ごっこやだるまさんが転んだもした。
 落ち葉を踏むガサガサという音が心地よかった。鳥の鳴き声なんていつも何も感じなかったのに、この鳴き声はなんの鳥だろうと思った。小川はさらさら流れていた。お日様が気持ちよかった。何でもない時間が、貴重に感じられた。
「そろそろ腹も減ったし、今日は終わりかな」
「俺たち遊んだだけじゃん」
「そうだよ。楽しかったろ?」
「まあそれなりに」
「聡介はこういう時間があったほうが考え過ぎずに済むと思うぜ!じゃあな!」
勝也は振り向かずに帰っていった。
「俺らも帰るか」
「うん」
 秋斗の長い前髪は風で乱れていた。聡介の髪も走り回ったおかげでボサボサになっていた。

 どうして空は青いのだろう
 木々はなぜ揺れるのだろう
 風は僕をのせでどこまでも
 走って 走って
 陽の光は眩しくて
 君の光も眩しくて
 僕には追いつけないんだ

 君が遠くに行ってしまうから


 聡介は学校に行くようになっていた。秋斗と宿題やゲームの話をし、人気者の勝也はあちかこちから引っ張りだこだったが、勝也とも遊んだ。勝也は「俺は俺でいていいし、聡介は聡介でいていいんだよ。俺たちは生まれた時から世界に許されているんだぜ!」と言った。
 世界に許されているのなら、生きていけると思った。
 

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