食べることは、それを生産した世界を信じること。村田沙耶香『生命式』
村田沙耶香『生命式』を読んだ。
村田さんは、わたしたちの「普通」や「常識」に笑顔で殴り込んでくる。
「こうするべきだよ」「これが普通でしょ?」と思考停止している部分に、「本当にそうかな?」と、問いかける。この本を読んでいる間、常識の外へと連れ出してくれる。
死んだ人間を食べる「生命式」を描いた表題作などをあつめた短編集。なかでも、好きだったのが「素晴らしい食卓」。それぞれの登場人物が、それぞれの強烈な食への嗜好がある設定だ。
(※以下ネタバレあり)
主人公の夫は「ハッピーフューチャーフード」と呼ばれる「次世代の食卓」を好み、「フューチャーオートミール」という完全栄養食のフリーズドライフードを食べるところから本作がはじまる。
見どころは、主人公の妹が婚約者の両親へ料理を作りもてなすシーンだ。
主人公の妹は「魔界都市ドゥンディラスの料理(たんぽぽの三つ編みみかんジュース煮込み)」を作り、婚約者の両親へ食べさせようとする。その婚約者の両親は、「虫の甘露煮」を手土産に持ってくる。さらに婚約者・圭一はお菓子とフライドポテトしか食べない。誰もが、お互いが作った料理に手を出そうとしない。みんなの「正しさ」がずれている。
極端な食の嗜好が集まった「地獄のような」テーブルを見て、圭一はこう話す。
「皆が、それぞれの他人の食べ物を、気持ちが悪い、食べたくないと思っている。それこそ正常な感覚だと、僕は思うんです。その人が食べているものは、その人の文化なんですよ。その人だけの個人的な人生体験の結晶なんです。それを他人に強要するのは間違っているんですよ」
思わず、「すごい」と声が出てしまった。自分が食べたいものに正直であること。そして、それを他人に強要しないこと。選んだものに、上下もないし成功も失敗もない。
主人公はこう話す。「相手の作った食べ物を食べるって、相手の住んでいる世界を信じること」。誰かの作った料理を食べるのは、その人への敬意が必要なんだろう。
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