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「息子さん、元気ですよ。」

「息子さん、元気そうです。」

報告するかのように、見知らぬ親御さんに向けて心の中でつぶやく。気づいたら習慣になっていた。

わたしの住まいの隣は学生寮だ。

男女比でいうと圧倒的に男子が多い印象。W杯やオリンピックなんかのときは、どうやら一箇所に集まって観戦するらしい。「行けいけいけー!」とか「よおーしっ!!」とか、若い歓声がどっと湧き上がる。その声に、試合が始まったのだと教えられたことも一度や二度ではない。エネルギー値が、社会人とは比べ物にならないくらい高い。

学生だから住人は毎年入れ替わるわけで、雰囲気は年ごとに変わる。夜中までやかましい年もあれば、妙に大人しい年もある。今年は寮生自体が減っているのかもしれないけど、寮の入り口付近で先輩、後輩がすれ違いざまに挨拶を交わす”いつも”の様子を見かけるとなんだかホッとする。

こんな環境にすっかり慣れきり、まあそれなりに楽しんでいたところ、これまでにない光景を目の当たりにすることになった。たしか今年に入ってすぐの頃。

ある冬の朝、洗濯物を干そうとベランダに出たとき、ふと寮を見やるとカーテン全開の部屋が目に飛び込んできた。どの部屋も、表のカーテンは開けても内側のレースのカーテンは閉まっている。いやそれが普通。なのに、たった一つだけそのレースのカーテンすら開けている部屋がある。もちろん室内は丸見え。今の家に5年半住んでいるけど、そんなシチュエーションは初めてだった。

その部屋の住人である男子学生は、机に向かって勉強していた。

学生なんだから当たり前なんだけど、その姿に素直に感心してしまった。

今日も勉強してるかしら。

その日を境に、ベランダに出る瞬間には丸見えの部屋を、いやそこに住まう男子学生の様子を気にかけるようになった。もっとも、否が応にも目に飛び込んでくるのだけど。

驚くことに早朝5時半、雨戸をあげると男子学生はもう机に向かっている。冬場の朝は暗い。ぽっかりと明るい部屋、それはそれは目立つ。学校の試験だろうか、それとも何かの資格試験だろうか。ついついおもいを巡らせてしまう。

「息子さん、今日も頑張っていますよ。」

真面目な姿に圧倒されたわたしは、気付けば見知らぬ親御さんにテレパシーのようなものを送っていた。頼まれてもないのに、完全なお節介。余計なお世話。

だけどね、元気にしてるかな、ご飯食べてるかな、東京の真ん中でちゃんとやっていけてるのかしら。

聞こえるはずもない親御さんの声が今にも聞こえてきそうで、伝えないわけにはいかないような気がしてしまう。そして、いつしかそれが習慣になっていた。

満月の夜、空を見上げたあとに、ふとカーテン全開の部屋を見ると、”息子さん”は両頬に両手を当てながら鏡を見ていた。余計なこと言うなと怒られそうで、そのことについては報告しないでおいた。

「息子さん、ちゃんと勉強してますよ。」

元気そうです。だからどうぞ安心してくださいね。今日ももちろんつぶやく。見知らぬ親御さんに向けて。頼まれてもいないのに。

声にこそ出さないけど、届いたらいいな。



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