恩返しなら、もう大丈夫です【超ショートショート】
秋になり、急に寒くなったある朝、クローゼットで見覚えのないマフラーを見つけた。
「去年のセールで買ったかな?」
絹のような手触りと光沢。なかなかいい感じだ。くるりと巻いて出かける。
交差点に差し掛かった時、暴走車が信号を無視して、僕の方に突っ込んできた。
「うわぁっ」
マフラーに引っ張られて後方に二、三歩よろける。
喉がギュッと締まったが、奇跡的に暴走車を回避した。
「その節はお世話になりまして」
ふいに、耳元であだっぽい女の声がした。
視線を感じて目をやると、マフラーに大きなジョロウグモ。
――そういえば、春先に家の中に迷い込んだ小さな蜘蛛を外に逃がしたっけ……
蜘蛛の黒と黄色の細い足が、僕の頬に伸びてくる。
「うぎゃっ!」
触られたらたまらない。
あわててマフラーをほどこうとしたけれど、……やけにベタベタして……ほどけない。
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