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子どもの主体性をどこまで認める?

保育士の先生方の研修をしている際に、保育で大切にしていることを伺うと多くの先生方から「子どもの主体性を大切に保育をしている」という言葉が出てきます。

主体性とは自分で考え、判断し行動することです。
人間の成長にとって欠かせないものなので「主体性」という言葉を知らない、あるいは考えていない保育士の方はほぼいないでしょう。保育における主体性は誰もが重視しているところです。
ただ、主体性だけを最大限に尊重していくと、保育が成り立たなくなってしまいます。
主体性はもちろん尊重していきたいが、どこまで受け入れて、どこで止めるべきかということに悩んでいる方が多いのです。今回はその線引きについてお話しします。


100回以上のキャリアップ研修を通して感じたこと

私は2024年3月現在で、東京都主催のキャリアップ研修を100回以上実施してきました。そのなかで最近は特に、子どもの主体性について悩んでいる保育士さんと多く出会ってきました。
保育士の皆さんは「主体性の大切さは理解しているし、子どもの想いなども受け止めようと頑張っている。でも、集団生活の中ですべての子どもの想いを受け止めることは困難で、また保育園の運営時間(食事の時間、午睡の時間などの生活リズム)もあるので、すべての子どもの意見と想いを尊重することは難しい」という言葉を多く聞いてきました。
今回は、その悩みについて多くの保育士の方と議論してきたなかで見つけた3つの線引きを具体的に提示していきます。

主体性の具体的な線引きは?

線引きその1〈本人や他児の怪我・命の危険〉

保育園で子どもが怪我をしてしまう場面があります。
例えば、子どもが棚によじ登ろうとしていたら転落し、怪我をする可能性があります。その現場にいる保育士であれば、棚によじ登ろうとする主体性を尊重するよりも、止めるか場所を変えるように促すでしょう。
また、1歳児クラスでよく起きる噛みつきの事故についても、多くの保育士が事故を防ぐように取り組んでいると思います。
危険な遊びや噛みつきの場面では主体性を尊重するよりも、保育士はその行動を制限し、怪我のリスクを回避するのです。つまり、本人や他児の怪我や命の危険があれば主体性よりも子どもの安全を優先することになります。

線引きその2〈本人や他児の不利益が生じる場面〉

保育をしていると「子どもたちの最善の利益」この言葉をよく見聞きします。保育所保育指針の冒頭でも出てきます。
そこで最善の利益ではなく不利益、本人と他児の不利益を考えていくと線引きも具体的に見えてきます。
例えば「給食を食べたくない!」という子どもがいた場合に、ご飯を食べるのと食べないのとでは、どちらが子どもの利益になるか考えると答えが出やすいでしょう。もちろん、子どもにより食事量が違いますので、無理に食べさせることは虐待に繋がってしまいます。
しかし、保育者は食べたくない子どもがいた場合には、早々に給食を片付けるのではなく、食べるように促します。食べたくないという主体性を尊重すると、それは身体の成長を阻害したり、必要な栄養素が不足し健康への悪影響など子どもたち自身の不利益に繋がります。つまり、子どもに不利益が生じる言動についても主体性は制限されることになります。

線引き3〈道徳心・社会性の線引き〉

道徳心や社会性は集団の中で育まれていくものです。簡単に言えば、他の子の迷惑になる行為については線引きをして止めていく必要があります。
例えば、友達が遊んでいる玩具を取って遊ぼうとする子がいるとします。乳児であれば、相手の気持ちを考え行動することは発達から見ても難しいですが、玩具を取ってしまった時に保育士が相手の気持ちを伝えることはできます。「玩具使いたかったよね。でも○○ちゃんも使いたかったみたいだよ」「玩具貸してあげてすごいね。○○ちゃん嬉しかったみたいだよ」と具体的に友達が何を感じたのかを伝える必要があります。
また、食事中に立ってしまう子どもがいた場合もそのまま放置はせず「ご飯は座って食べようね」と注意するでしょう。
年齢に応じた言葉がけを伝えられた子は、乳児であっても道徳心・社会性についてコツコツと学んでいきます。この経験が幼児になった時の成長へと繋がっていきます。つまり、道徳心・社会性の観点から主体性を見ていくことが重要なのです。

まとめ

以上のように、
① 子どもの身の安全を守れるか
② 子どもの不利益が生じるか
③ 道徳心・社会性の観点

この3つの線引きを意識しながら、保育を実践してくことで、子どもへの対応に悩まずにすむようになります。一度、整理して確認してみてください。

保育士の先生方が子どもたちに身に付けてほしいことは、何十年も前から変わっていませんが、「主体性」という言葉の前に、悩んでおられる方が多くいます。

しかし、本人の意に反したとしても大切なことは伝えなければ、子どもたちにも身に付きません。教育しない限り子どもたちが適切に育つことはないのです。
乳児期からその年齢に合わせた言葉がけで伝えていく必要があります。先生たちも自信を持って保育をしてもらいたいと考えております。
保育所保育指針についても再度確認してみてください。

保育所保育指針(抜粋)
第1章 総則
4 幼児教育を行う施設として共有すべき事項
(2) 幼児期の終わりまでに育ってほしい姿
イ 自立心
身近な環境に主体的に関わり様々な活動を楽しむ中で、しなければならないことを自覚し、自分の力で行うために考えたり、工夫したりしながら、諦めずにやり遂げることで達成感を味わい、自信をもって行動するようになる。
エ 道徳性・規範意識の芽生え
友達と様々な体験を重ねる中で、してよいことや悪いことが分かり、自分の行動を振り返ったり、友達の気持ちに共感したりし、相手の立場に立って行動するようになる。また、きまりを守る必要性が分かり、自分の気持ちを調整し、友達と折り合いを付けながら、きまりをつくったり、守ったりするようになる。
オ 社会生活との関わり
家族を大切にしようとする気持ちをもつとともに、地域の身近な人と触れ合う中で、人との様々な関わり方に気付き、相手の気持ちを考えて関わり、自分が役に立つ喜びを感じ、地域に親しみをもつようになる。また、保育所内外の様々な環境に関わる中で、遊びや生活に必要な情報を取り入れ、情報に基づき判断したり、情報を伝え合ったり、活用したりするなど、情報を役立てながら活動するようになるとともに、公共の施設を大切に利用するなどして、社会とのつながりなどを意識するようになる。

保育を専門職と捉えるならば保育所保育指針が最も重要です。日々の保育からリスクマネジメントについても拠り所となります。保育所保育指針については、オンライン講座でも詳しく解説しているのでぜひ、ご覧ください。
保育の実務スキルアップ講座 https://jitsumu-web.stream-video.jp


黒米 聖
一般社団法人日本保育教育研究会 代表理事。立正大学社会福祉学部卒業。埼玉県および東京都の認可保育園の園長をのべ7年間務めて現職。大宮こども専門学校ほか養成校4校の非常勤講師も務める。埼玉県戸田市私立保育園協会総務委員長、放課後児童支援員認定資格研修(埼玉県、福井件、岐阜県)。『保育内容「環境」』(中央法規)の執筆にも携わる。


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