はじめに
早稲田から日韓の未来をつくる連載企画「ワセミレ」。第3回は前回につづき、日韓両国の高校で使用されていた「韓国史(한국사)」と「日本史」の教科書を、主に近代史の内容を中心に比較していきます。韓流ブーム真っ只中の今、日本・韓国における自国および周辺国に対する歴史認識の違いについて、少しだけ覗いてみましょう。
①日韓議定書
比較検討:
日本の教科書では、本文中に日韓議定書についての記述が見当たりません。一方、韓国の教科書では日本が戦争を起こした、締結を強要した等の強めの表現を用いて説明されています。さらに日韓議定書の内容と締結後の結果についても詳細に述べられています。
②第1次日韓協約
比較検討:
韓国の教科書では時系列に沿って、第1次日韓協約が本文中に紹介されている一方、日本の教科書では1905年の第2次日韓協約の補足説明として注釈部分にて言及されています。また、日本の教科書では条約を「結んだ」、韓国の教科書では、条約の締結を「強要」したと表現されている点が異なります。また、韓国の教科書には財政・外交顧問の名前が具体的に登場する点が特徴的です。
条約の内容については、日本の教科書では具体的に触れている一方、韓国の教科書では内容をより一般化した表現が用いられています。
③第2次日韓協約
比較検討:
韓国の教科書では、日本の教科書の「第2次日韓協約」とは違って、「乙巳勒約」という用語が用いられている点が最も大きな違いと言えます。勒約(늑약)とは、強制的に結んだ条約という意味で(2)、第2次日韓協約の不当性を強調するために「乙巳勒約」という単語が用いられているのです(文献によって表記は異なります)。また、日本軍を動員し脅した、国権を侵奪した等の批判的な表現は、韓国の教科書にのみ登場しています。
④ハーグ密使事件
比較検討:
日本の教科書における「ハーグ密使」は、韓国の教科書では「ハーグ特使」と表記されています。そして、彼らが成果を上げることができなかった原因については、日本の教科書では列国による無視、韓国の教科書では日本などの妨害と記述が異なります。また、韓国の教科書の注釈部分に書かれている会議場の外での嘆願書の発表や平和会議報に関する活動は、日本の教科書に書かれていません。
「ハーグ密使事件」後の展開については、日韓両国の教科書間で概ね共通していると言えますが、「きっかけ」が「口実」、「退位」が「強制退位」、「結ぶ」が「強制的に締結する」というように、比較的強度が高い表現が韓国の教科書に多く登場するのは特徴的です。また、日本が秘密裏に附属の覚書を締結したという内容は、日本の教科書には見当たりませんでした。
最後に、日本の教科書における「第3次日韓協約」は、韓国の教科書では「丁未7条約(韓日新協約)」と表記されています(文献によって表記が異なる場合があります)。
⑤義兵運動の鎮圧
比較検討:
日本の教科書には、日本軍が義兵運動を鎮圧したという一文が登場しますが、韓国の教科書ではその説明に加えて、南韓大討伐作戦という具体的な事件名に触れ、日本軍による虐殺が起きた点を強調しているという違いがあります。
⑥伊藤博文の暗殺
比較検討:
日本の教科書では、安重根による暗殺事件が起きたという事実のみが述べられている一方、韓国の教科書ではそれを口実に日本が韓国併合に対する世論を誘導したという別の内容が併せて述べられています。
また、韓国の教科書には、当時の日本帝国が侵略性を隠蔽できる用語を模索していた、韓国併合という表現は実は適切でないという内容の補足説明が記載されています。このような内容は日本の教科書では見当たりません。
⑦韓国併合
比較検討:
日本の教科書でも韓国の教科書でも、韓国併合条約が日本側の強制によって締結された条約であるとする内容は共通しています。一方、国権を喪失したという表現は韓国の教科書のみに登場し、大韓帝国の朝鮮への改称については、日本の教科書では韓国の教科書と違って本文中には書かれていません。
また、韓国併合以降の動きについては、日本の教科書では初代総督に寺内正毅陸相を任命した、韓国の教科書では大韓帝国の最高統治者であった高宗は「李太王」、純宗は「太王」という呼称で地位が格下げされたとそれぞれ書かれている内容が異なります。
そして、日本の教科書には漢城を京城と改称したとする内容が含まれていますが,韓国の教科書ではその内容が見当たりませんでした。
⑧憲兵警察
比較検討:
日本の教科書では、憲兵が警察を兼任したという一文で簡潔に述べられています。一方、韓国の教科書では憲兵警察が担っていた業務や権限についても言及されているという違いがあります。
実は韓国の教科書では、日本の植民地政策がおおよその年代ごとに区分されており、今回の1910年代に関しては武断統治という用語が用いられ、その政策の中身について具体的に説明されているのです。
⑨土地調査事業
比較検討:
土地調査事業が行われたという内容は、日韓両国の教科書に共通して登場します。しかし、日本の教科書では土地の測量や所有権の確認とだけ表現されている反面、韓国の教科書では土地の所有者の申告制であったと具体的に説明されています。
また、日本の教科書では広大な土地が接収されたと述べられていますが、韓国の教科書ではそれに加え、所有者を確定する過程で紛争が起きたと追加で記載されています。そして、接収された土地の売却について、韓国の教科書では日本の教科書と違って「安値で」払い下げられたと明記し、強調している印象を受けます。
さいごに
お読みいただきありがとうございました!今回は日韓議定書についての内容から韓国併合後の1910年代の植民地支配政策までの出来事について、日韓両国の教科書がどのように記述しているかを見てきました。
次回は三・一運動から見ていきます。お楽しみに。改めて最後までお読みいただきありがとうございました!
注釈
(2)국립국어원,『표준국어대사전』,「늑약(勒約)」(https://stdict.korean.go.kr/search/searchView.do?word_no=72095&searchKeywordTo=3)を参照(最終アクセス2023年1月2日)。
備考
【※】は教科書本文ではなく注釈部分に内容が書かれていることを指します。
*は、補足説明のために追加した注釈です。教科書の原文には記載がありません。
半角のカッコ()は原文に記載のもの、全角のカッコ()は原文にはなく、こちらで追加したものを指します。
各サブタイトル等の引用文以外の文章では、便宜上日本の教科書に登場する名称を基準として用いています。
引用・参考文献
笹山晴生ほか10名,2014,『詳説日本史B』山川出版社(2012年検定済).
국립국어원[国立国語院],『표준국어대사전』[標準国語大辞典],「늑약(勒約)」(2023年1月2日,https://stdict.korean.go.kr/search/searchView.do?word_no=72095&searchKeywordTo=3).
도면회 외 8인[ド・ミョンフェほか8名],2020,『고등학교 한국사』[高等学校 韓国史],ソウル特別市: 비상교육[ビサン教育](2015年の教育課程).(本記事には拙訳し引用)