
不忍池でベンチに座っていたら (中編)
(前編はこちら)
他にも生き物の写真を撮れないか様子を見ていたとき、私が座っているベンチの片側に人が座り、話しかけてきた。
「あのっ」
と声をかけられ、振り向くと、
「あ… 」
と戸惑っている。
外国人に思われたか?と思い、私の話せる言語である日本語で
「何ですか?」
と言ってみる。
すると、話し始めた。
「美術館ってどっちの方ですか。僕、島根県から出てきたばかりで、この辺よくわからなくて。」
「わからないです。私もこの辺の人ではないです。」
「どちらから来られたんですか。」
静岡県から来た、と言うと、
「静岡県の新幹線の駅、何でしたっけ?」
えー、いっぱいあるよ。
「たくさんありますよ。」
「えーと、何だっけなぁ。」
考えているので、東から順に言ってみた。
「熱海、三島、新富士、静岡…」
「あー、違います。何だっけなあ。うなぎパイがあるところ。」
「浜松ですね。」
「そうだ、浜松。うなぎパイ、有名ですか。」
「有名ですね。」
話が途切れた。
私、前を向く。
まさかナンパじゃあるまい。何かの勧誘か。
私が池の方を見ていても、まだ話しかけてくる。
「今日は、なんでここに来たんですか?」
「子どもの学校が終わるのを待ってるんです。」
私、前を向く。
「学校での人間関係は大変じゃないですか?」
「え…大丈夫みたいです。」
「お子さんは勉強できますか?」
教材のセールス?
「…今、こっちにいる子はそんなでもないです。」
「…てことは、もうひとりいる?」
しまった。
…教材?
「もうひとりのお子さんは、勉強できるんですか?」
「ええ、まあ、そうですね。」
いらないよ、教材、いらないからね。
「なんで違っちゃったんでしょうね?」
え?
「なんで差が出ちゃったんでしょうか。」
「え…もともと…。特に何もないですよ。」
「もともと違う?」
「そうです。」
いいのだ、それぞれで。
何。なんなのかなぁ。教材は、いらない。
答える度にその人から顔をそらし池の方を見るのだが、それでも話しかけてくる。
「お子さんにはどんな風になってほしいですか?」
え?
「いい会社に入ってほしいとか。」
「ああ、それは特に…。…楽しく暮らしてほしい。」
お気楽な感じの回答になってしまった。
親として子に望むことは、まず、生きていること。そして、幸せであること。
何が幸せかはそれぞれだから、親が決めるのは違う。
それぞれが選んだ道に進み、楽しく暮らしてくれれば安心だ。
そう言いたかった。
「素晴らしいですね。なかなかないですよ。」
伝わった?
「みんな、いい大学に入って、いい会社に入って、とかですよ。」
そうですか?
「学校でいじめとか、人間関係、大変じゃないですか。どうですか?」
また人間関係…?
大丈夫ですよ。
何も要らないし、何にも入りませんよ。
「…今、特に聞かないですね。うちの子達はわりと上手くやれてるみたいです。」
「じゃあ、おねえさんはどうですか?」
おねえさん?
「上の子、ってことですか?」
「いえいえ、おねえさんですよ。」
私のことだと言う。
「おねえさん⁈ おばさんですよ。」
「いやっ、そうなんですけど…」
コントか!
笑ってしまった。
「いやっ、あのっ、すみません!」
「いいんですよ。」
私は自分がおばさんであることを、結構気に入っている。
おばさんは楽し。
ビバ!おばさん!である。
「おねえさんはどうでしたか?」
おばさんだと思ってるけどね。
「子どもの頃は、変なことしてくる子がいても、びっくりして何もできなかったかなぁ。」
「今、そういう人いたらどうしますか?」
「うーん……距離を置く。」
「そうです。それがいちばんいいんです。」
正解ですか。
「職場ではどうですか?そういう人、いませんでしたか?」
「あー、いましたけど…」
「どういうことがあったんですか?」
(つづく)
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