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なにもやり遂げず三十路を過ぎて

#エッセイ
#自己紹介
#私の学び直し
#2000文字


 わたし「りぶさんど」はエブリスタという小説投稿サイトで、こそこそ小説を書く主婦である。
 筆は非常に遅い。のろまながらに書き上げた作品には、

 こういうものがある。

 例としてあげた作品は、介護施設が舞台だったり、高齢者が主人公だったりする。
 家事と育児とパートの仕事で、わたしの平日は流れていく。ここでは家族の話が多いが、小説は仕事の――デイサービスでのパート勤務で感じたことを昇華させている。

 エブリスタ利用者には書き手も読み手も混在するが、介護なんて重く苦しく汚いイメージも強いのに、わざわざフィクションとして楽しめるか? と思った。が、意外にも読者はついた。四十代から五十代の方から反応をいただける。家族の介護、将来の老後を意識する年代なのかもしれない。

 偉そうに作品にまでしているが、なんとりぶさんど、無資格職員だ。

 今のデイサービスで働いて一年半になる。以前は別の業界でへっぽこ事務員として三年在籍し、さらにその前は認知症グループホームで三年半勤めた。
 介護職なんか二度とやるか! と息巻いて退職し、ノコノコと介護業界に出戻った。グループホーム勤務二年半目あたりから「辞めたら絶対出戻らない」と決めていたため、資格取得のチャンスも蹴り飛ばした。しかしノコノコ出戻った……。

 結果として、出戻ってよかった。

 今の職場であるデイサービスは、自己選択型の施設だ。みんなでカラオケしましょう、今日は折紙しましょうとは決めない。
 カラオケがしたい方はどうぞ、体操の時間はお好きなときに、なにもしたくない方はお席でお茶でもごゆっくり。お時間ある方、集まってトランプしませんか? と、やりたいことを自分で選べる。元気のみなぎる方が多く通う。

 元気な方でも何年かたてば、じわじわと身体機能が落ちて、介助が必要となる。

 でも。パーキンソン病で指先の自由が効かなくても、デンモクで歌いたい曲を検索したり。半身まひでかけ声をあげながら行動しつつ、入浴はほとんど自立で可能だったり。

 ひとってこんなに、なんでもできる生き物なんだな、と感動した。

 当事者からしたら「この体で生きるしかないんだから」と、わたしの感動も「当たり前のこと」なのだろう。それでも。通う誰もがとても輝いて、きらめいて見える。まばゆい。わたしも。わたしもきらきらと生きたい……。

「〇〇さん、お体がっしりされてますね。スポーツされてたんですか?」

 入社一ヶ月頃だったか。認知症が進んだ男性と話していた。わたしの問いに、彼は両手にこぶしを作り、握ったなにかを構えるようなポーズを取る。縦に並んだ握りこぶしで、大きく振りかぶった。

「野球か! 似合いますね」

 拍手しながら何度もうなずいてみせる。いつも目深にかぶっているハンチング帽が、選手どころか監督っぽさを醸し出す。

「やっぱり男性は野球経験者さん、多いですね。わたしはスポーツ苦手だから、ルールとかも詳しくないけど、みなさんいろいろお話してくださいますよ」

 なんの気なしに発したが、

「スポーツせんとは、どういうことや。ひとつくらいなにか、できるでしょう」

 男性は強い口調で眉根を寄せた。

「本当になんにもできないですよ。走るのは遅いしバスケはドリブルもできないし。あ、でもテニス! テニスは楽しかったかも」

 どうにかスポーツの楽しい話をひねり出す。

「テニスは何年間続けたんですか」

「高校の体育の授業で、一ヶ月くらい……」

 しりすぼみになるわたしをまっすぐ目で捉え、さらに心を刺していく。

「あなたはなにか、ひとつでもやり遂げたことはありますか」

 ……ない。なんにもない。

 小学一年生ではじめたピアノはすぐ飽きた。家で練習する時間があるなら、ゲームボーイにかじりつきたくて。中学生になるとバレーボール部に所属した。上下関係や練習メニューについていけずに即退部。高校の現代文の教科書で芥川龍之介と出会い、小説家を目指した。二十歳そこそこまですべてを読書と執筆に捧げるも、社会人になると文章を連ねる気力が急に失せた。

 わたしの本質を見抜いたあの人は、それから半年もたたないうちに急死した。わたしはなにも彼に誇れるものがないまま、デイサービスの勤務も一年を越した。

 好きなことを、継続してみようかな。やりたかったことを、生きているうちに、きらきら生きるために。今度は肩の力を抜いて、趣味として。

 こうしてまた文章を書くことを再開した。わたしが介護や高齢者を題材にしがちなのは、わたしの世界が今そこにあるからだ。楽しく働けているからだ。せっかく出戻ったなら次はバリバリやりたいから。

 介護の楽しさを伝えたいとは思わない。二度とやりたくなかった気持ちも本物。だけど出会ったひとからもらう思い出を、きらめきを。読者に聞いてほしいのだ。投げ出した二つのものごとを同時に継続していくことが、やり遂げるための糸口だと信じて。

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