ロバート・ツルッパゲとの対話
なぜだろう、人の頭の中を覗いてるだけなのに、どちゃくそ面白いです。「自分以外の人間はパラレルワールド」。だからなのかもしれない。
普段本は大抵一回読んで終わり、な自分ですが、二週しました。ブックオフになんて、持っていけない。
以下、読みながらメモしたこと。感想など。
※注意:あくまで個人的な要約のため、解釈が違うと感じてもご容赦ください。
【抜粋&要約】
p.43「人間全体が信用できる単一の世界など存在していなくて、それぞれひとりずつのパラレルワールドがある。」
p.45「他者の世界を認める優しい理解と想像力が必要。」
p.47「俺の世界という映画に登場するのは、俺が好きな役者だけで構わない。」
第9章の要訳「『自分が正しいと思う方を選べない』人がどのくらいいるだろう。『自分では正しくないと思っていても、社会がこう会社がこうだから、上司命令だからこっちが正しい』で正しいと判断していないか。それが同調であり、哲学の放棄なのだと、そういうこと。これは自分の子供に『学校のいじめに関わるな。関わると自分も被害を食う』と言っていることと同義なこと。『自分さえよければいい』という考え方が広くなってしまったことで、結局締めているのは自分の首なのだということに気付くべきだ。」
p.86「生きている事実を肯定するために、すべてを『何も起こっていない状態』の、純粋な源流に遡って考えるのが『哲学』です。そこには勝ち負けなんてくだらないものは存在しません。」
p.200「本を読むから物知りなのではなく、本を読むのは知識が少ないから。」←眼から鱗!
p.171「他人のアドバイスというのはつねに『そうしない方がいい』に偏りがちです。心配している、というのです。でも持っている可能性を殺してまで無事に生きていくことは、本当に生きていることなんでしょうか。」
p.174「自分の能力がそのまま評価に直結しているかを冷静に考えてみると、ほとんどのサラリーマンにはそれがないと思います。だから評価という基準に幻想を持ったり間違った理解をしがちで、年功序列のボンヤリ基準で上がった給料は、転職しても同じだけもらえるとは限りません。」
【もしキャッチコピーを付けるなら】
「気軽に手に取るべき本ではありません。あなたの人生を根底から覆してしまいかねません。」
【メモ】
「ミスチル」でなく「ミスター・チルドレン」と呼ぼう。
「モモカン」は、俺にとっては「モモコグミカンパニー」。 (なんのこっちゃ)
【感想】
読んでる最中は哲学の定義の捉え方と、いい歳した大人の膨大な屁理屈(失礼)と、それでいてストンと着地する文体とにずっと脳内混沌としていた。しかしその屁理屈も本書を借りて言うと、「世間の理屈を常識と思い込んでいるから屁理屈に聞こえる」のだろう。
かく言う自分も「屁理屈」は大好きだ。なぜならそこには常識や昨今の理屈には無い、「哲学」が潜んでいる可能性があるからだ。
その「可能性」を見事に纏めてくれたのが、本書だと思う。
正直、読んでて反論したくなったり、苦しくなったりする箇所もある。それは今の自分が「柵を越えない羊」だと自覚しているから。「冒険してやりたい事」を諦めて「安定した道」を選んでいるから。そしてその道を歩く自分を、胸張って「好き」と誇れないから。その日頃見て見ぬ振りをしている箇所に突き刺さる言葉の数々が、的を獲過ぎていて痛いからだ。
だが、その都度、茶目っ気ある駄洒落等で落とし込まれるのだからまぁいっかと一旦油断すると、その言い回しがどんどんと快感になっていくから不思議。気付けば魅了されている。読書していて初めての感覚。これがモテる男の持つ術なのだろうか。
この本の最後には、「この本が屋根に登るためのハシゴになれたらうれしい」と書いてある。ハシゴは登り終えたら不要になるため、レッツ・ブックオフと綴られているが、自分はこの本はいつでも取り出せるように家の本棚はもちろん、職場のデスクにも立てかけておきたい。自分が「柵を越えない羊」になっていると気付いたら取り出すのだ。「知を愛する、自分の足で確かめられる人」になるために。今一度自分を愉快に戒めるために。
それはそうと、なんだか今、小さなカメラを買って、写真撮りながらぷらぷら旅をしたい衝動に駆られているなぁ。
ロバート・ツルッパゲとの対話 https://www.amazon.co.jp/dp/4908586071/
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