コメントする前提で読む
最近、私が心がけていること。
人のnoteを読むときは、コメントすることを前提に読むようにしている。
きっかけはVoicy
毎日、Voicy(音声プラットフォーム)を聴きながら通勤している。Voicyは、ポッドキャストやラジオに近いものだと思う。
主に聴いているチャンネルは3つ
白ポロさんのラジオは、毎朝投稿してくれているので、仕事に行くときに聴く。ゆぴさんは、家事をする時に未聴分をまとめて聴いている。精神科医しょうさんは仕事から帰りながら聴いたりする。
コメントすること前提でnoteを読むのは、ゆぴさんのラジオからヒントを得た。具体的にどの回で、なんと言ったかというのを覚えていなくて紹介できないが、内容としては「後に感想を言う、発表する、質問をするという前提で体験すると解像度が変わる」というようなものだったと記憶している。
解像度高めていきたい
要は、アウトプット前提でインプットするということだと理解している。これをすると確かに見え方が変わってくる。noteを流し読みするのと、コメントすることを想定しながら読むのとでは、後者の方が記事を理解しようという積極的な姿勢で読むことができる。
前のめりで読んだ記事は記憶にも残る。
ゆぴさんの著書「書く習慣」でも共通する内容の記載があった。「日常の解像度を高める」ために日常のことを書く。こちらもnoteで実践中だ。
毎回コメントするのは気が引ける
コメントすることを前提に記事を読む。ただ、実際にコメントを送ることは少ないかもしれない。全ての記事に、私からコメントが来たらなんかこわいかも、と遠慮している。
相手は必要としていないかもしれないが、私が日常の解像度を上げる練習に繋がる。
私の考え、感じたことを発信している。その内容に対する、他の人の考えも聞きたい。私の文章に対する感想も教えてほしい。アウトプットに対するフィードバックをもらうことの難しさを痛感している。
コメントをもらえるほどの記事が投稿できていないのかもしれない。
投稿内容の工夫も必要だ。
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