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【エッセイ】ドラマでありたい。

「自由が丘」___目黒区にあるカフェが立ち並ぶお洒落な街である。周りは大学生やマダムで溢れるこの街に一人、男子高校生は不釣り合いだったので、夕日とネオンが煌く自由が丘を横目に線路沿いに歩き出した。
まだ自由が丘の雰囲気が残る個人経営の美容院や、ペットのチワワを抱えて近所のおばさんと話す古びたお花屋さんの匂いに休日特有の優越感を感じながら、隣駅の九品仏が見え始めた。
見慣れない商店街。ほんの数分歩いただけで、神社や飲み屋が立ち並ぶ。
平成の名残のあるこの街に一件、駅前の角地に一際オーナメントが際立つベーカリーが。勿論知らない。中にはお客さんもいない。店員さんが一人。妙に引き付けられる。現実に引き戻される駅のプラットホームと、いまだにこの休日を続けたいと願うベーカリー。僕は誘惑に負けた。
メニューはシンプル。クロワッサン、食パン、塩パン、パウンドケーキ…。クロワッサンにしようと決めたその時、トレイとトングがないことに気が付く。あれ、ときょろきょろと店内を見回す。少し格好つけてベーカリーに入ったのがバレバレだ。その時、笑顔のお兄さんが「お取りしますよ!」と話しかけてきた。ああ、取るタイプの。クロワッサンを一つ。かしこまりました! あ…あと、パウンドケーキも…。かしこまりました!
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駅に着いた。もうすぐ終わるんだなあと思いながら、最後のひと時を楽しみたいと耽る。駅の自動販売機でマッカンを購入して落ち葉を払って木造りのベンチに座る。もうすっかり半月が覗く時間になってしまった。丁寧に包装された紙袋を開けると、クロワッサンの芳醇な香りがしてくる。食べたことがないのに懐かしい風味を漂わせるそのクロワッサンを一口。外はパリパリ、中はふわふわ、なんて言葉はまやかしだと思っていたが、そうでもないようだ。クロワッサン特有のあの螺旋がパリパリとはがれ、バターのみで味付けされたプレーンなおいしさが広がる。そしてマッカンを飲み、おぼろに見える半月を眺める。乗るべき電車が向こう側から来たけれど、それを気にせず食べ進める。無人ホームの切なさゆえの興趣と、いまだに電灯で光っている駅看板の良さたるや。こんな休日が続けばいいなあと思っていると、クロワッサンも残り一口になってしまった。これでもう、今日は終わりだなと思いためらうこと数秒。次の電車の到着ベルが鳴った。あれに乗らなきゃいけないという悲しさ、いつかは戻らなければいけないという哀しさ。駅という名のプラットホームは、現代における人々のむなしさを表しているように感じた。どこかで聞いたことがあるいい文句だ。最後の一口を噛みしめ、マッカンを飲み干し、発車ベルギリギリで乗り込んだ。今日のために下ろした白シャツは、クロワッサンのかけらで汚れてしまったが、そんなことは気にならなかった。むしろ、それすらも誇りに思えた。帰りの電車で読む本が伊坂幸太郎のエッセイだったらと思いつつも、代わりとしては見劣りする古文単語帳を開き、赤シートを左右に振る。ほんの数分で着いてしまった最寄り駅のホームでは、普段ではしないのに、なぜか今乗ってきた電車をしっかりと見送った。地上に出た時の風は、秋の始まりを知らせる銀杏の匂いを乗せて、どこかせわしなさを感じる、そんな新鮮な気持ちだった。
 
二〇二三年九月二四日十八時十五分、ブルーな気持ちになって井の頭線を往復した、そんな受験生の休日のことである。

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