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第2章sho-wa to hey-sey ノスタルジック小説 かえろっか / 俺たちに きのうはない

1978/夏の始まり  

夏の初め、蒼い海
長く伸びたうねりの影がつぎつぎと沖から陸に迫るそれはやがて海底の障害物にぶつかり上にと伸び上がる
高さをましたうねりはやがて波へと成長してさらに進む
陸から海に向かって吹くオフシュアに表面を磨かれ輝いた
そしてその高さのピークをむかえ最後の美を飾るかのようにアーチを創り砕け
終末を迎えた波は白い泡と共に離岸流となり海へと帰っていく

 静香が健一達と初めて合ったのは、夏の初めの少し前、短かった梅雨の時期だった、ひとりの少女が堤防の上から海を見ていた、目の前に広がる海と大きな波、いくつかの人影が波の合間に見え隠れする、白い板に乗った黒い人影、少女の目線は見た事の無い光景に釘づけになっていた
 沖からのうねりが陸に近づくにつれ高く伸び上がり彼らを飲み込もうとしている、がその瞬間を逃さずパドリングしすばやく立ち上がり軽く両腕を広げながら水のスロープを下って行く、下りきったところで深くボードを傾けターンして向きを変えスロープをかけ上がる、後ろから追いかけて来る砕けた白い波と競争している様にアップス&ダウンをくりかえす・・・
「なになに、なに? これ・」
海といえば夏の混雑した海水浴場のイメージしか無かった少女には初めて見た光景だった、しばらくは無言で立ちすくみ見入っていたが、やがてそこに座り込んだ少女は小さくて見えないはずなのに彼らの表情や声さえ感じる様な気分ですっかりとりこになってしまい、なんだかワクワクしてしょうがないって感じの表情になっているのも自分自身気がついていないようだった、

 小さな漁師町の漁港には沖に向かって堤防が伸び片方は港に、もう片方はそんなには長くはない砂浜と小さな河口があり上流から流れ出た砂が海底に流れサンドバーを作りサーフィンにはうってつけの波をプレゼントしてくれる、梅雨の晴れ間、南海上にある梅雨前線に沿うように近づいて来た夏台風のうねりが届いた、沖での波待ちのラインアップには片手で数えられるサーファー、健一は何本かの良い波をキャッチしその波のスロープを思うままに白いラインを描いていた、彼にとってここはホームポイント、この海で育ち波乗りを知り始めた自分の庭みたいな場所だ、沖からのうねりが作る何本かの影が見えた

「セット! アウトサイド!」

ひとりのサーファーが叫んだ、沖に向かってパドリング競争が始まる、キャッチザウェーブ、セットの一番良い波を自分の物にしようと目の色が変わる、目の前に迫る波、あっというまに高さはピークに達し砕けようとするがするが、陸から吹く風がそれを阻止しようと抵抗する、健一はかろうじて砕ける波の餌食になる前に乗り越えた、風に煽られた波頭からシャワーのプレゼントが背中に届いた、健一はさらに沖に向かいパドリングし目前の波のその先にこの日おそらく一番であろうビッグな波を見つけた、それはそこにいるサーファーどもを排除しようと大きな壁を作り迫って来る、健一はさらに波に向かい全力でパドルした、目の前に水の壁が迫って来る、波が彼を飲み込もうとしたその瞬間すばやく反転しながらボードのテールを深くその波のフェイスに突き刺しその浮力を全身に取り込みテイクオフした、目の前が一瞬真っ白いスプレーにつつまれる、その次の瞬間目の前に奈落の底に続くかの様な蒼いスロープが開けた、サーフボードがそのスロープを滑り出す、スピードがますごとにボードは安定しその上にいる健一の体重移動にしたがいその向きを変える、やがて目の前の切り立った壁は弧を描き水のトンネルを作り健一を包み込んだ、数メートル先のトンネルの出口に追いつかないと出られない、健一はその出口がクローズするのと同時ぐらいに抜け出ることができた、みごとにチューブをメイクした健一に他のサーファーもご機嫌なポーズを送っていた

 波に乗り浜に戻った健一は久しぶりのビッグサーフに気分は最高だった、沖にはまだ波が押し寄せていたが波はもうお腹いっぱい、『はらへったー』が次の課題になっていた、ボードを抱えいつものように堤防に向かい歩き出した健一はその堤防から身軽に飛び降り髪をなびかせてこっちへ走ってくる人影が見えた、そして健一の目の前にまで駆け寄った少女は息を切らしながら健一に向かい

「ねぇ、それなに?なにやってるの?なんの遊び?」
と、いきなりのタメグチでぐいぐい迫って来た

「あぁ? サーフボード・サーフィン・・な、み、の、り、だけど?」

健一は少し後ずさりしながら、『なんだこいつ』と思いながらも少女の迫力に思わず答えてしまった、薄いスカイブルーのポロシャツにオフホワイトのカーデガン、タータンチェックのミニスカート、クリーム色のショルダーバックと同じ色のパンプスという近ごろ流行りのスタイルできめている地元では見かけないあかぬけた容姿だった...
「ふぅ~ん・・・ さぁふぃんか~」

「なんだよなんかようでもあんのかよ」

「ふぅ~ん・・・」

「なぁんだよ 」

「なみのりかぁ」

「じゃな、ようがないなら」

彼女をさける様に歩きだすと少女もカニの様にヨコ歩きしながらついて来る

「わたしシズカ」

「えぇ?なにが」

「よろしくね!」

「はぁぁ?よろしくってなにがだよ?」

「わたし決めちゃった」

「・・・?」

 ちょうどその時、堤防の方から爆音が聞こえ2台のオートバイが現れた、バイクを止めながら2人の男達がお互いなにか言葉を交わすとニヤけながらこっちを指差し叫んだ

「これは珍しいナンパですかぁ~?」

ひとりがエンジンを切り、砂浜に飛び降りこっちへ近づいて来た

「ちげぇ~よ、なんかこいつが・・わけわかんねぇんだけど」

「いやいや、ケンイチく~ん、やっぱサァーファーはもてますね~ぇ、ゆえに~俺も波乗りやろっかな~」

「ばぁ~かいってんな」

「ふぅ~ん、ケンイチっていうんだぁ~」

「そっ、俺はヒロシ、そしてあいつがツヨシ」

堤防の上にいる剛志を指差して言った、静香は金髪リーゼントのヒロシを下から上になめるよう見ると健一に向かって

「このバリバリヤンキーなの友達なの」

「あぁ?それがどーした」

「じゃぁ、あなたもヤンキー?」

健一は海から上がったばかりなので、ヤンキーのシンボルでもあるリーゼントではなく潮焼けした少し赤茶けた髪と日焼けした顔のビーチボーイに見えた

「そっ、こいつバリバリヤンキーのくせして波乗りも得意でさぁ、ゆえに~ヤンキーでサーファーだから”ヤンファー”って感じかな」

「なにそれ~、笑っちゃう」

「悪いかよ~関係ないだろが」

健一はめんどくさそうに「じゃぁな」と小声で言って、この場から去ろうとした、

「ちょっとまった~」

静香はそう言いながら両手を広げ健一をとおせんぼしながら言った

「わたしきめた!わたしも仲間に入れて!ヤンキーなみなさま!一緒に遊びましょ!」

・・・健一はヒロシに『ヤバいよこいつ』と目配せして歩き出した

「ちょっとまってよぉ~」

2人は静香を無視しながら堤防の下まで来た、飛び降りるにはたいした高さではないが上がるには少し高さがある、健一は堤防の上にいる剛志にサーフボードを手渡し自らは飛び上がり堤防の淵に手をかけ這い上がった、ヒロシも続いて上がる、

「なによ私とどかない、上れないよぅ」

小柄な静香は健一が思った通り1人では上がって来れなかった

「なによぅ誰か手伝ってよぅ」

「この堤防に沿って浜を上がっていけばそのうち上がれるから」

健一は堤防の先を指差し少しそう言い放ち

「じゃ、かえろっか」

と少し大きな声で言った、ヒロシと剛志はオートバイのエンジンをかけ

「じゃな」とヤンキーホーンをパラパラならし爆音を轟かせ走り去った

健一はサーフボードを抱え、堤防の上に脱いであったビーチサンダルをはいて港に向かい歩き出した、静香が下で何やら叫んでいるが・・

「じゃあな、ぶっ飛びムスメ」

片手を軽く振り背中で静香の叫び声を聞きながら家へと向かった、漁港の倉庫脇を通り抜け、家に続く路地を上っていく、途中何か気配を感じふと振り返った・・『まさかね~』健一は又歩き出し5、6ぽ歩いた所でもう一度振り返ってみた、路地には誰の姿もない、ただ湿った空気が吹き抜け垣根を揺らしただけのようだった


 魚港を見下ろす小高い丘の斜面の真ん中当りに健一の家があった、あたりの家々も皆同じ様に、漁師が住むかたずまいでその景色にとけ込んでいた、父も漁師だった、だったと言うのは健一が中学に上がった頃、遠洋に出たまま遭難し二度と家に帰る事は無かったからだ、父がいなくなってから健一は堤防の上に立って海を眺める事が多くなっていった、ただなにをするでも無くここに来ては時間をつぶす様にかたずんでいた、そんなある日のこと、ふたりのアメリカ人に出会った、彼らを始めて見たのは海の上、サーフボードに乗って波に乗っていた、実際初めて見たサーフィンに健一は釘づけになった、何だか解らないが全身にたまっていたエネルギーに火がついたように、気がつけば浜に上がって来た2人に話しかけていた、もちろん英語など喋れる訳もなく身振り手振りと勢いだけで、だが幸いにもひとりは日本語で応えてくれた、そして彼らと友達になるのには時間はかからなかった、ふたりはここからそう遠くない米軍基地の軍人だった、日本語が話せるジェームスは本国に健一と同じ年頃の弟がいるらしく健一の事を実の弟のように可愛がってくれサーフィンやアメリカ本国の事、ベトナムの戦闘の事やFEN[米軍極東放送]から流れる音楽の話しなどいろいろ教えてもらった、そして健一の家が近くにあるので彼らのサーフボードを預かる変わりに何時でも使っていい事になり健一は波がある時は必ずサーフィンするのが当たり前の日々なっていった

 彼らとサーフィンに出会って2年あまり過ぎた頃にはそこそこの波乗りボーイに育っていた、でも健一が高校に通う様になった頃ふたりとは会えなくなってしまった、ひとりは任期を終え本国に帰還、もうひとりは韓国のベースに配置転換してしまったのだ、2人のサーフボードは健一への置きみやげになってしまった、今では彼らがどこで何をしているかも知るすべは無かったがサーフボードは大切に保管している

 健一には母と4才年上の姉がいる、その姉も2年前に家を出て東京の下町で暮らしている、漁協で働く母と2人ぐらしになった健一は高校を出たら父のように漁師になるつもりでいるが母にその話をすると少し寂しそうな顔をするのが健一には気がかりな事でもあった

 小さな門から家に入ると、平屋の母屋と小さな庭を挟んで納屋があった、父が生きていた頃は漁具などが置いてあった納屋は今はオートバイやサーフボードが置いてある、その横にもう2台のバイクが並んで止められていた、ヒロシと剛志のオートバイだ、

健一は、納屋の奥にサーフボードを立てかけるとビーバーティルのウエットスーツを脱ぎ、納屋の横にある水道の蛇口を開け繋いであるホースで水浴びをしウエットスーツを洗い、物干竿に掛けた。

納屋を挟んだ母屋の縁側にいた剛志がタオルを健一に放り投げ言った

「さっきのあれ、”あんたのなんなのさ”」

「さぁ~な、俺にもさっぱりよ」

「でもちょっとマブいじゃん!ちょっとボインだし~」

縁側の奥の部屋でヒロシが少年ジャンプを読みながら言った

「ばぁ~か かんけいないね」

健一は台所から持って来た握り飯を頬張りながら浜にほっぽいてきた少女の事を思い少し後悔しながらもクールを装っていた、しばらく3人はいつものようにたわいもない話をし、そしていつもの様にたいくつして、そしていつもの様に「なんかおもしろいことないかな~」とオートバイに股がり健一の家を出て行く、それがいつもの3人の習慣だ、湿気た風がもうすぐ本格的な夏が来るぞとばかりに縁側を吹き抜けた

そんな様子を垣根のすき間からひとつの視線が伺っていた事など健一達には知る由もなかった


 健一達が出て行ってから少し時間がたった頃、夕方にはまだ少し早い時間、パタパタと軽い排気音をたてながらホンダのカブに股がったおばさんが家に入って行った、しばらくして身を隠し家の様子を伺っていた静香は大きく深呼吸を一回・・そして「よ~し」と覚悟を決めたように健一の家の門の中に入って行った

「こんにちわ~すみませ~ん誰かいます」

思いっきり元気のいい声が玄関先に響いた、タオルで首元を拭きながら「はぁ~い」と玄関に現れた健一の母が

「あらまっ、どちらさん」

と頭から足元まで興味ぶかけに静香を見た、静香は軽くおじぎをすると満点の笑顔で言った

「こんにちわ、私、ヒロシ君のいとこの静香といいます、ヒロシ君の家に行ったら健一君の家に居ると言われたんで来てみたんですけど」

「あら、そうなの、ヒロちゃんの、そうなんだ、でも今はみんないないみたいだよいつもケンちゃんの部屋でダラダラしてんだけどねぇ」

シズカは『ケンちゃんだって、かわいくない』と吹き出しそうになったのをこらえ今度は困った顔を作りながら言った

「そうなんですか・・・実は私ヒロシ君に頼んでもらって健一君にサーフィンを教えてもらう事になってるんですが・・・」

「そうなの・・あなたも変わった娘だね、あんなもんに興味あるなんてねぇ、夕飯の時間には帰って来ると思うんだけどまだしばらくは帰って来ないんじゃないかな」

「よければ待ってるかい?」

静香は『やった!』とばかりにぱっと明るい顔を作り

「えぇ!いいんですか~」

と言うと庭の奥の方にまで歩いて行き、振り返り

「じゃおかあさんのお言葉に甘えて待たせていただきますね、ありがとうございま~す」

と深くお辞儀をして笑みをうかべた

「その納屋のむかえの部屋がケンちゃんの部屋だからあがって待ってなよ」

と言うと健一の母はにっこり笑い玄関の奥に戻っていった

 静香は、縁側に座ると軽く伸びをしてからクリーム色のパンプスを脱いだ、縁側から廊下を挟んで健一の部屋がある、障子戸を開けると8畳ほどの部屋には白い戦闘服がハンガーにぶら下がっている、壁にはチームの集会の写真や、寄せ書きされた日の丸、それとはアンバランスなサーフィンのポスターがペタペタとはってあった、静香は後ろ手をくみ「ふ~ん」と足元にさんらんするマンガやバイク雑誌などの中から一冊を手に取った、『ポパイ創刊号』のタイトルの横には『カリフォルニア特集』の文字が静香の興味を引いたようだ、横になってパラパラページをめくっていると、少し湿気てはいるが心地よい潮風が部屋の中に入って来た、そしてそれは静香を眠りの世界へと連れて行ってくれた、しばらくして健一の母が冷えた麦茶をもって部屋に入って来たが静香のあどけない寝顔を見て声もかけずに戻って行った

 静香が路地の上のほうから聞こえてくるオートバイの音で目が覚めた時、あたりは薄暗くなっていた、小さくあくびをし体を伸ばす、グラスに入ったお茶が手に触れた、氷が溶けて少し薄くなった麦茶をいっきに飲み干すと丸いお盆に戻した


 健一が家の手前でエンジンを切って静かに坂道を下り門から入って来る、そのまま惰性で納屋の奥にオートバイを滑り込ませた

「ケンちゃん、お客さんが来てるわよ~、ヒロちゃんのいとこだって」

母が開けっ放しの玄関の奥から出て来て叫んだ

「もうご飯だから一緒にたべればいいよ」

と意味ありげに言い、にっこり笑うと玄関の引き戸を閉めた

『ヒロシのいとこ?だれだ?そんなやついたっけ』

縁側から部屋に入ろうとすると、足元にパンプスが目に入った、その時ふいに障子戸の陰から

「おかえり~ケ・ン・ちゃ~ん!」

と静香が顔を見せた。

「・・・・た・だ・いま」

と思わず返事をしてしまった健一は、目の前でにっこり笑っている少女をまるで幽霊にでも出会ったかの様に見つめ立ちすくんでしまった、と同時に静香に腕を引っ張られ部屋に引きづり込まれた、健一は我に返ろうと回りを見渡し、『やっぱりここは俺の部屋、目の前の娘は昼間海で初めて出会った変なおんなそしてここは~俺の家????』

「はい、びっくりしたでしょう~えへへへぇ~きちゃった」

と静香は悪びれもせず健一の目を覗き込んで言った

『・・だからぁ!なんでおまえがぁ!?』

と怒鳴ろうとしたとき健一の唇を柔らかでしっとりした何かがふさいだ、静香の唇の柔らかな感触と、ほのかなシトラス系のパヒュームの香りが健一をフリーズさせた、あたま真っ白!思考回路はオフ状態がつづく、どちらかといえば硬派でクールにと生きてきた健一には今起こっている事を理解するにはたっぷり10年はかかりそうって感じだ

 柔らかく少し湿っぽい静香の唇に塞がれぶっ飛んだ健一が我に戻ったのは母のひと声だった

「ケンちゃ~ん、ご飯だよ~、それとシズカちゃんだっけ~あなたもたべるでしょ~」

静香はそっと唇を離し変わりに健一の唇に人差し指を押し当てながら大きな声で

「え~いいんですかぁ~!ありがとうございま~す、じゃ遠慮なくいただきま~す」

何事も無かったかの様に健一に微笑み

「あ~おなかすいた~さっ食べよ~ケンちゃん」

とまだ放心状態の健一の手を引き、母の声のした台所に向かって引っ張っていった

 台所のテーブルには、豪華ではないが美味しそうな食事が3人分用意され、母の和枝がみそ汁をよそっているところだった、静香は健一の手を離すと両手で頬を覆いながら

「わ~い、すっごく美味しそう!おかあさんすご~ぉい!」

と、かなりオーバーにはじけてみせた、その言葉にちょっと気を良くした母は

「さっ!そこに座って」

と、みそ汁を持って来るとぼ~っとつ立ったまんまの健一に

「ケンちゃんどうしたの、ぼ~っとして、顔が赤いよ、さっ早く座って食べな」

健一は未だに状況が理解出来ずにいたが、とりあえず母の前では平静を装わなければと思いどうにか椅子に座った、それと同時に

「いっただきまーす!」

とシズカは煮物に箸を伸ばし一口食べると、

「お・い・し~いぃ」

かなりオーバーに、でも本当に美味しそうに食べつづけた。

「いいわね~あなた、ほらいっぱい食べなさ~い」

箸の進まない健一の横で静香はどんどん食べる食べる

「おかあさん、おかわり」

差し出したお茶碗にご飯をよそいながら母は満足そうに笑った、なにしろ健一といえば「旨い」とも「まずい」とも言わずいつも味気ない食事が常だったから母には久しぶりの賑やかな食卓がうれしかった

「いいわね~やっはり女の子は素直で明るくて、食欲も出るわね~」

母が楽しそうに言うのを聞いてケンイチが

『あ~何言ってんだオフクロ、この女の正体知ったらぶっ飛ぶぜきっと!』

と思ったが

『あれ?正体って‥ 俺も何にもしらね~じゃん』

静香の顔を見つめ

『何者だこの娘?なにが起こっているんだ?』

「それにしてもヒロちゃんにこんな可愛いいとこがいたんだ~ ねえケンちゃんは知っていたの、かあさん知らなかったわ」

健一はむせ返り返事に詰まってると、すかさず静香が口をはさんだ、

「え~っと、まえに2~3回は一緒に遊んだかな、それで最近になってケンイチ君が”サーフィン”やってるってヒロシ君に聞いてそれで私もすっごく興味あっらから彼に頼んでもらって教えてもらう事になったんです~ぅ、ここの家もヒロシ君に聞いて訪ねて来たんだけど途中で迷っちゃって遅くなっちゃったんです」

と平然と悪びれもせずすらすらと言い放った

「だよねぇ、けーんちゃん?よろしくねっ」

と悪戯っぽく健一の目を覗き込みながら微笑んだ、その視線に静香の唇の感触がフラッシュバックした健一には、

「あ、あぁ」

としか言葉が出なかった『悪魔だなこいつは』

「シズカチャンはいくつなの?」

母がたずねると

「もうすぐ19歳で、女子大の1回生で今は家を出て、大学の寮にはいってま~す」

健一はまたみそ汁を喉に詰まらむせかえった

『マジ?おれよりイッコ上?女子大生?マジかよ』

そんな健一の思いをよそにすっかり意気投合してしまった2人は盛り上がりに盛り上がり「カズさん」「シーちゃん」と呼び合う仲になるのにはさほど時間はかからなかった、そしてその日の夕飯はいつもよりずいぶん遅くまで続くことになった

「ところでシーちゃん、今夜は寮に帰るのそれともヒロちゃんち?」

静香は又意味ありげに健一を見てから

「う~ん、寮には今日は帰らないって言ってあるんだけど~ヒロシ君のうちかなぁ~?」

健一は、飲んでいた麦茶をまたまた吹き出しそうになるのをこらえ言った

「ヒロシんちたって、あんな狭いところに?おまえの寝る場所なんてあんのかよ」

確かにヒロシの家は市営の団地で決して広いとは言えないスペースに両親と兄弟3人、おまけにじいさんまで同居している、でもそんなこと静香は知らないから平気で言えるんだ

「そうよね~それにもう夜も遅いし今夜はうちに泊まっていきなさい、響子の部屋がそのまま使えるし、ねっ、ヒロちゃんちには私が電話しておくから」

「えぇ~いいんですか、どうしようかな?  じゃーぁ、わたし今夜だけはカズさんに甘えちゃおうかな」

「そうしなさいねっ、ケンちゃんもそれで良いでしょ」

静香は健一の顔を無邪気な目で見つめた、なんだかこの無茶苦茶な娘の不思議な魅力にかき回されすっかり静香の毒?が回っている健一はうなずく事しか出来なかった

「うれしい、じゃあそうさせていただきます」

さらには

「あぁ、おふくろ、ヒロシんちには、俺が電話しておくからさ、ちょっと話もあるし・・・」

・・すっかり静香の思惑にはまった健一だった

「じゃケンちゃんあとで響子の部屋に案内してあげてね」


 姉の響子の部屋の電気をつけた健一は、『私はこの魚臭い家から出て行くから、そしてBIGになってやる!』と2年前に出て行った姉の言葉を思い出し微笑んだ『まぁ家は出てったけどBIGはどうだか?』その横で静香が言った

「ふぅ~ん、お姉さんも、ヤンキーだったんだ」

「何でわかるんだよ」

「だってこの人でしょ?」

 と壁に貼られた何枚かの写真を見つけその中の一枚の集合写真の中の一人を指差した、その写真は、一目でそれとわかる暴走族のものだった、ヤンキーバリバリの男達達の真ん中で紅一点のヤンキーガールが腕を組んでこっちを睨みつけている、

「ほらこの目、ケンちゃんと同じ、凄く怖そうな目なんだけどなんかあったかい、ほらねケンちゃんとおんなじ目」

 たしかに健一が暴走族の世界に足を踏み入れたのは姉の影響だ、彼女は地元では名の知れた不良娘で地元で初めてのレディースのチームを作り頭を張っていた、今はもういない親父とよく殴り合いの喧嘩しては『こんな魚臭い家でてってやる!』が口癖だったけど、親父が海で死んでからはすっかり大人しくなった、その代わりに健一には『おまえには私の後を頼んだからな!』と無責任に、そしてなかば強制的にこの世界に引っ張り込まれたようなもんだ

懐かしげにその写真をじっと見ていると静香が

「ケンちゃんシスコン?」

「うるせ~、そのケンちゃんて言うのやめろよ、ブス!」

「どうして~」

「どうしても」

「なんで~」

「うるせー、ぶっとばすぞ!」

この「ちゃん」がもうすぐ18になる健一にはどうも子供じみていて好きになれないでいた

「ふぅ~ん・・じゃ、ちゃん抜きのケンでいこう」

「あぁ!」

「うん!いいね、ケンイチのケン、ケンタウロスのケン!う~ん決まり」

「なんだよ、そのケンタ何とかって」

「知らない?、翼のはえた馬の胴体に首の所から上は人なの、なんかの神話に出て来る神様だかの名前、そうそうバイクチームの名前にもなってるよケンタウロス」

『まぁケンちゃんと呼ばれるよりはいいか、でも呼び捨てかよ、生意気なんだよ、でもさっき19って言ってたよな・・』

健一はうなづくことしかできないでいた


「ヒロシ~電話」

「だれ」

「ケンイチ君、はいよ」

今週から始まるテレビドラマを家族みんなで見ていたヒロシは電話コードを廊下に引っぱり出し受話器を耳にあてた

「もしも~」

「おせーぞヒロシ」

「わりいわりい今ドラマ見ててよ、でっなに?なに?」

健一は自分の身の回りでおこった事を一気に喋った、もちろん静香のKISSの事を省いてだ

「マジですか~オレのいとこね~?ゆえに~どうすんの?」

「だから電話してんじゃん、どうしたらいいんだよ?」

ヒロシはマジ困った感じの健一の電話にうれしそうに

「今からそっち行こうか?」

「いや、それはまずい、とにかく明日いつもの場所で」

「おれ明日バイトじゃん、まっいいか、じゃ9時頃で」

 受話器を置いたヒロシはなんか嬉しくなってわくわくして来た、静香の事ではなくあの健一が困って自分に電話して来るなんて初めてだったからだ、高校を半年もたずでばっくれたプータローのヒロシには兄貴肌で硬派の健一にちょっとコンプレックスがあったからだ、にやにやしながら居間に戻ると、みんなはテレビに見入っていた

「で、こいつが白い教頭か?、どこのがっこだ、こいつ」

とテレビの中の白衣の男を顎でしゃくってみせた。

「バカ兄貴たら!白い巨塔!田宮二郎はお医者さん・・教頭はがっこぅ」

妹の凪沙がそう言うと大声で笑った・・・つられて家族みんなが笑った


 ヒロシに電話した後自分の部屋に戻った健一は大きく伸びをすると一気に睡魔が襲ってきた、すっかり静香に振り回されたがやっと平常心に戻れたようだ、大きなあくびをしたとき不意に部屋の障子戸が開き風呂上がりの静香が入ってきた、響子のパジャマを着てバスタオルで髪を拭きながら意味あり気な上目遣いで健一の耳元でささやいた

「ねぇケン・・  今夜一緒に寝てもいいかな」

大あくびをしていた健一は大きく口を開けたまま又々フリーズした

「ナンチャッテ、冗談に決まってんじゃん、おやすみケン」

バイバイしながら障子戸をぴしゃりと閉めて部屋に戻っていった

『こいつはやっぱり悪魔に違いない』・・・『ぜったいに違いない』

フリーズしたまま頭の中でつぶやいた


 つぎの朝ヒロシは、バイト先のスーパーに欠勤の電話を入れてから、団地の階段を駆け下り、CBのエンジンをかけ雄叫びを上げながら国道へ出た

3つ目の信号を右に曲り踏切を渡って海岸に出る、国道を西に走るといつもの集合場所だ、海沿いのさびれたレストランの駐車場には健一と静香が先に来ていた

「ほんとにいるよ、まっ、おふたりさんおはようさん」

おどけながら言った、しばらくすると剛志もやって来た、そしていつもの3人プラス1人で会議?が始まった

「そうゆうことならべつにいいじゃん」

「あぁ いいんじゃないの子供じゃないんだから」

「でしょでしょ!私みんなと一緒に遊びたいの青春野郎したいの!」

「おれもだめとは言わないけど、だけどあんまちょーしのんじゃねーぞ」

「は~いはい、わっかりました~~」

「だからそれだよそれ」

「はいはい」

30分後には静香はちゃっかりみんなの仲間になってはしゃいでいた

 レストランの外にあった古ぼけたスピーカーから流行りの音楽が流れていた・・・


          【to be continued】

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