「ファラオの密室」(白川尚史/著)
「このミステリーがすごい」受賞作です。
舞台は古代エジプト。死んでミイラにされた神官のセティは、心臓に欠けがあるため冥界の審判を受けることができない。欠けた心臓を取り戻すために地上に戻り、自分が死んだ事件の捜査を進めるが…。というお話。
巻頭に簡単な登場人物紹介が載ってるんですが、なにせエジプトなので名前の響きになじみがなさ過ぎて(笑) 人物の名前とプロフィールを覚えられるかなと思ったんですが、杞憂でした。それぞれにきちんとキャラが立ってて、物語の中で生きて動いてました。
生きて動てと言いながら、主人公のセティは最初から死んでるんですが。
古代エジプトの宗教観・死生観が色濃く反映しています。死者はマアト神の審判を経て冥界で暮らすかアメミットに喰われて消えるかの二つの道に振り分けられますが、冥界での再会が叶うと信じられているためか、死そのものを忌避する感覚が薄いように見えます。
セティは審判を受けること自体ができず、現世に戻って(魂だけでなくミイラ化した体ごと)自分の心臓の欠片を探すことになるのですが、その探求の中で生前親交のあった人々に会って話を聞きます。死人(ミイラ)が動き回って話をしても、誰もさほど驚かず、「また会えてよかった」と言われるくらいです。このあたり、確かに現代とは感覚が違う。神話が現実である時代です。
さて、セティの目的は欠けた自分の心臓を見つけてマアト神の審判を受けることですが、その過程で自分の死の真相に迫り(殺されたのか、事故なのか)、さらに前王の葬儀のさなかに起きた遺体(ミイラ)喪失事件の謎も解き、加えてエジプトすべての命運をかけた陰謀を阻止することになります。
死人が動き回ってる時点でファンタジーでもありますが、密室含めた謎解きミステリとしても十分に楽しませてくれました。
細かい仕掛けが幾つも仕込まれていて、一つにはわりと早い時点でうっすら感づいてたんですが、ファラオの名前なんかはたぶん普通の人は絶対気づかないと思う(笑)
意外性もたくさんあり、また読後感も爽やかで(←重要)、ちょっとだけエジプト旅行気分も味わえた、よき読書体験でした。