教養はお金を上手く扱うために必要。
お金を簡単に使う人。難しくて使えない人。
手法や規模の多寡は違えど、お金を稼ぐことは多くの人が賃金労働者の立場でやっている。そこから、貯蓄から投資への潮流もあり、多くの人が運用してお金を増やそうと、あの手この手を試しては、その場の損得で一喜一憂している。
これ自体は私にも当てはまる節があり、一概に悪だと言いたい訳ではない。重要なのは、そうやって増やしたお金を、いかに上手く使うかの視点を持ち合わせている人が、あまりに少ないのではないか。と言う点である。
これはあくまでも、資産運用を契機に金融リテラシーを身に付けた過程で、お金は稼いだり増やすよりも、使う方が難しいと思うようになり、余計に財布の紐が硬くなった私見である。とはいえ、金融リテラシーのある方ほど、お金を使うのは簡単だとは決して言わない印象がある。
おそらく根底にあるのは、お金の時間価値や、マーケティングで言われる生涯価値(LTV)を、感覚的に理解しているからだろう。言葉を知らずたとえ言語化できていなくても、運用する過程で複利効果を実感し、運用すれば将来増やせるであろうお金を、わざわざ運用以外の用途で使い、運用益以上の価値を引き出せる用途が、そこまで多くないからこそ、お金を上手に使うのは難しいと感じるのだろう。
私が在籍する、非大卒がマジョリティなブルーカラーの職場で、お金なんていくらでも使えるし、簡単になくなる。とボヤきながら生活残業に追われている人たちとは対照的で興味深い。
億万長者の余暇活動から読み解く。
トマス・J・スタンリーさん著の「1億円貯める方法をお金持ち1371人に聞きました」の作中に、米国ではあるが、億万長者733人に、過去1カ月の余暇活動を調査したデータが27位まで掲載されている。
トップ10にランクインしたものを大別すると、家族や友人との交流、投資や運用の研究・勉強・相談、写真撮影、お祈り、ジョギングと、投資絡みを除いて、別に億万長者にならなくてもできる様な、さほどお金のかからないものばかりだった。
ランキングの下を深掘りしても、マクドナルドやバーガーキングで食事と答えた人が全体の半数に届かない程度。ウォルマートやKマートで買い物や日曜大工が全体の3割程度と大衆がイメージする富裕層像とは程遠い。
20位台まで掘り下げて、ようやく富裕層らしい、サックスフィフスアベニュー(百貨店)で買い物や、高級ワインの勉強が出てくるが、母数の1/4程度と多数派とは言い難い。
しかも、ワインに関しては確かにお金を使ってはいるが、嗜む以外にも、適切に運用できればリターンが見込める点で、消費・浪費の観点で使っていると表現するよりは、投資のいち手段的な側面を兼ね備えているため、先述した金融資産運用で得られる実利以上の価値を引き出せる用途には該当しない。
結局のところ、例え億万長者でも生活そのものは大差ないどころか、無駄金を浪費している大衆よりも質素な気さえする。余暇も大衆と大差なく、淡々と暮らしていることから、金融リテラシーの高い人ほど、お金を上手に使うのは難しいと感じる傾向にあると言う、私の推察は当たらずとも遠からずと言ったところだろう。
理解できるものに、妥当な金額を支払う。
しかも、これは米国社会での一例であって、安全で高品質な生活インフラが低廉かつ、社会保障も充実している日本社会なら、生存するため必要なコストは恐ろしく安い。それに停滞感があるとはいえ、世界で3番目の経済大国でもある。
それにも関わらず、多くの人が貧しさを感じるのは、バブルの栄光を捨てきれていないマインドや、賃金労働の鬱憤を晴らすためにお金を使っては、使い過ぎた穴埋めをするために、またやりたくもない賃金労働を行っているからではないだろうか。
最低限の衣食住を考えてみてほしい。衣は、ユニクロが世界規模で生産、販売をしているから、規模の経済性で高品質なものを、他者が追従できない価格帯で提供している。古着屋やフリマアプリでも、根気よく探せば数回しか使用していない美品を安価に買うことだってできる。
食に関しても、完全栄養食である玄米と味噌さえあれば、最低限必要な栄養素は補え、生きていけるのは私たちの祖先が実証済みで、現代ならたった1日の賃金労働で得られる対価で、1ヶ月は悠に生きられるだけの玄米と味噌が手に入る。ここまで極端でなくても、外食はハレの日だけにして、自炊するだけでも相当出費は抑えられる。
住環境も先述の生活インフラに加えて、地方なら家賃が1万円以下の賃貸物件や、300万円程度のほぼ土地代な中古物件が、僻地とはいえゴロゴロ存在しているし、根気よく探せばそれなりの立地の物件も出現する。なにより人口減少時代だから、地方部ほどこの傾向は加速するだろう。
そんな必要最低限を意識して、試行錯誤を繰り返した私は、東京23区在住、山手線の駅が徒歩圏内の賃貸で、家賃3万円、食費と雑費で2万円、水道光熱通信費で1万円の計6万円/月。
節制のポイントとしては、自分の頭で内容が理解できない契約は一切せず、分かるものだけに妥当だと思う金額を支払うよう心掛ければ、生活費用はこれ位までは圧縮できる。契約する諸々の料金構造や内訳などが、概算ならソラで言えて他人に説明できる水準が理想である。
過年度で見ても、支出120万円のうち、生活費用72万円。大学の学費23万円。入院諸々の医療費18万円を差し引くと、差分は7万円程度で、そのうち数万円はふるさと納税で税金を前払いしているから、純粋な浪費額は年間で5万円にも満たない。コロナで趣味の旅行が出来ていない側面も相まって、本当に使えていないことを痛感する。
大学も当初は資産運用をする過程で、知識不足を痛感したために、、体系的な知識を得る目的で在籍し、積み上げた単位であわよくば最終学歴を非大卒から大卒に塗り替える算段で、結果として自己投資化している。
一応、当初の目的が解消された今となっては、お金を増やすための知識よりも、上手に使うための幅広い教養を身につけることが、学びのモチベーションになっている。
そうして、自身の中でお金の最適解が見つかるその時まで、キャッシュを証券口座に入金しては運用するのだろう。今はそれでいい。よく分からないものに無駄金を使うより遥かにマシなのだから。