苦手な人を好きになる
大学生になってから、はじめてやったバイトがコンビニでのアルバイトだった。
新型コロナウイルスと共に始まった大学生活。とりあえず、お金を稼ぎたくて、求人を見て何個か面接を受けた中で一番最初に受かったのがそのコンビニだった。面接の時に店内見学も一緒にできるように応募したのだが、サラッと見学した後「じゃあ、いつから入れる?」と店長に軽く言われたのをよく覚えている。
入ったコンビニは駅の近く、パチンコとバス停の隣という人の往来が激しい場所で、お客さんもいろんな種類の人が来ていた。仲良くなってくれるような人たちもいたが、いわゆる癖の強いお客さんも多くいた。だから、アルバイト側もそんな癖強のお客さんをさばける、つまり、同じぐらい癖の強いバイトが多かった。
嫌いじゃなくて、苦手
働いている人たちの癖強度合いは、勤務歴が長ければ長いほど上がっているように感じていた。私がかつて苦手だった人も、その内の一人。社員がほぼおらず、アルバイトばかりになる夕勤の中で一番歴が長く、当時23歳と私よりも4つ上の男性だった。
苦手になった理由は、はじめて一緒に勤務した時。夕勤は基本的には、2人だけで5時間回すことになる。けれど、その先輩と勤務した時にはほどんど話さず5時間が終わってしまった。私も仕事ができないながらにも、仕事に取り組もうとするのだが、先輩の方が仕事ができるから全部の仕事を掻っ攫っていってしまう。「寡黙に仕事に取り組むタイプなのか..…」と思っていたら、他の先輩たちとはそこそこ話をしている所を見てしまった。無言の圧があって、隙がなくて……。そんな時間が続いていた。そこからなんとなく、苦手な人なもな、と思っていた。
時間は、別の一面を見せる
そこからしばらく何度か一緒に勤務した中で、印象が少しずつ変わってきた。仕事はずっとできる人だ。仕事は早いし、丁寧だ。接客やクレームの対応にもいつも余裕がある。歴が長い故の経験の差なのかな、と思っていたけれど、今考えたらあれは彼自身の性格が持っている特徴だなと思い直している。
休み時間は寝ている。あとで他の人から聞いた話だと、どうやら演劇の勉強をしているらしい。感情を表に出している所をあまり見なかったから、最後まで演技をしているところが想像できなかった。
挨拶は目を合わせてちゃんとする人だ。バイトに来た時の「おはようございます。」、帰る時の「お疲れ様でした。」は必ず目を合わせてしてくれる。数少ない会話した経験だからか、未だにあいさつを返してくれる先輩を鮮明に思い出すことができる。
ほどけるケーキ
癖強の店員にもお客さんにも慣れてきたころ、私は気がつけばそんな癖強の一員になった。他のアルバイト、社員さんとも普通に話すようになっていて、そこに私がいるのが当たり前になった。その先輩とも、多く話すことはなかったけれど、最初のように怖がらずに話せるように変化した。
そんな働き始めてちょうど一年が経ったころ、その先輩じゃない人と勤務する日があった。業務上、特に目立った日じゃない普通の日だった。働いていたら、その先輩が事務所に入ってきた。勤務の日ではなかったから最初は「どうしたんだろう」と思った。すると、店長にその先輩と話しているところへ呼ばれた。会話の真ん中には、有名なケース屋さんの箱。なにかお祝いごとでもあったのだろうか、と思っていたらその先輩が「誕生日、おめでとうございます。」と、その箱を指し示した。中にはその日勤務していた人数分のケーキ。その先輩は僕の誕生日を覚えてくれていて、それにわざわざバイト先に来て、ケーキを用意していてくれた。「なんで?」とか、「嬉しい」とかいろいろ思うことはあったのだけれど、その時から、私はその人への苦手意識はなくなっていた。
苦手意識への考え方
その日以降その先輩が急に寡黙じゃなくなって、めっちゃ話すようになった、とかそんなことは無かったけれど、人に興味がないわけじゃなくて、私がここにいることを認めてくれているんだな、と思うことができていた。と同時に、第一印象から違う部分を見て、ほかの人から勘違いされて不幸な目に合ったりはしないのだろうかと考えていた。「愛想がない」というのは、本来近づいてくるはずだった望むものを遠ざける行為だと思っているから。きっとどこかでその不利益をうけているんじゃないだろうか、と杞憂した。
その先輩に直接業務を学んだことはあまりなかったけれども、一緒にアルバイトをした2年間の間にもそれ以降でも、第一印象で人を決めつけてカテゴライズしそうになった時には、その先輩を思い出す。このまま決め切ってしまうのは、ほかの面を見れずに終わってしまうな、と思い直すことができる。
これから
今年の3月に大学を卒業し、4月から新社会として働いているのだが、配属された先には、ちょっと合わないかもなって人がいる。もうすでに、少なくとも1年間その人と関わっていくことが決まっていて、本当はちょっとしんどいなと思っている。けれど、その度にあの日の先輩を思い出している。好きな部分もでてくるかもしれない、全部知ってちゃんと嫌いになれるかもしれない、怒りに変換できるかもしれない。先輩を思い出しながらそんな風に考えて、働いている。