洋服記録108_相対性えり論
体格に悩みを持つ人間にとって、
シンプル過ぎるからこそ着こなしに悩まされるアイテムがある。
それはずばり、
「Tシャツ」である。
何が難しいかというと、「T」という形。(そのまま)
Tって・・・。
いや、人の体はたしかにTですよ。
だけど言わせてもらえば、
誰しもが綺麗なT体型ではない。
肩幅が広かったり、腕が太かったり、厚みがあったり、
(羅列していて嫌気がさしてきたのでこの辺で省略)
薄い布が描くTの字など、着用者のベースでいくらでも歪ませられる。
こっちの厚みを舐めんなよ。
と、ここまででも悪口は止まらないのだが、
特に厄介なポイントは、首回り。
だいたいのTシャツは首回りがある程度詰まっている。
このえりぐり、華奢な人には何てことないシルエットでも、
ガタイのよい人間にとっては地獄。
作りの問題ではなく精神的に、
動脈を真綿で絞められているかの如く、つらく苦しい。
特に安いやつ!
文化祭とかサークルとかイベントとか、
チーム全員が一致団結してますよ、的なことを示すために半ば強制的に着用を強いられる、あれな。
着ているこっちは団結どころか一早く離脱したくなる。
似合わないと分かっている恰好で集合写真に収まらなければならないあの瞬間。
一人だけ地縛霊のような目をしている奴がいたら間違いなく私である。
とは言え、こんな思いをするのも若者にのみ課せられる代償。
社会人になりいい歳にもなれば、こんな呪縛からは卒業できるはず。
だったのだが!
忘れもしない30代前半の冬。
会社のとあるイベントで、
同僚がデザインしたというお揃いのTシャツが配られた。
こともあろうに、ごくごくシンプルで、一般的なあのTシャツ。
ご丁寧に首回りに立派なリブが付いている。
どこに金掛けとんねん。てかデザインは業者に任せ。
運営側だった私は、
高熱を出すか、爆破予告を出すか(イベントごと葬る)で迷ったものの、
大人なのでぐっと堪え、必死に自分に許される着こなしを考えた。
標準体型の人なら、1枚で着るのももちろん良いが、
冬場とてロンTとの重ね着などもありだろう。いかにもスタッフっぽくて良き。
だが残念ながら、私にとって、首の詰まったものを重ね着するなど自殺行為に等しい。
いっそ自分で首を絞めて諸般の論争を終わらせてしまいたい。
苦肉の策として思いついたのが、
Tシャツをインナーとして着用し、その上に同色のカーディガンを羽織ること。
同色なので遠目からはインナーと上着の境目がわかりづらく、
詰まった首や肩まわりの印象を緩和できる。
イベント当日、
同僚が会場でTシャツを重ね着していく中、
私はわざわざ着替えを持ってトイレの個室へ向かう。
着替える最中、壁に向かって心で唱える。
「チームの輪より、自尊心。」
そして偽りの自尊心とともに会場に戻ると、
普通の着こなしを謳歌している、
普通体型の男性先輩が、こちらを見て笑う。
「わざわざ着替えたの?着こなそうとするなよー!」
はい、アウトー!
もうね、何ハラかわからないけどとにかくホットライン通報案件。
こっちだってね、普通に着たいんだよ。
別にお洒落ぶってるとか、こだわりが強いとかじゃないんだよ。
少しでも受ける拷問を緩和するために、
さり気なく制作者からサイズ違いで事前にTシャツを入手し、
家の鏡の前でしたくもないファッションショーをしたあの夜の私の気持ちが標準体型のあんたにわかってたまるか。
薄い布から自尊心を守ろうとする人間の執念を舐めんなよ。
そう、多くの人にとっての「普通」とは、
多くの人とそうでない人との仲を引き裂くほど、
罪深いものなのである。
猛暑日が続いた今年、
こんな私でも安心して着られるTシャツを必死に発掘した夏だった。
だからこそ、えりぐりがゆるっとしたアイテムを見つけた時には、
これまでの苦労が報われ、涙が出るほど嬉しくなる。
そして1年後の自分への贈り物として、
何の躊躇もなくまったく同じものをストック買いした。
大人は泣き寝入りせず、金で解決。
アラフォー舐めんなよ。