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こころとこころをあわせる(言葉の中の言葉・04)

「言葉の中に言葉がある(言葉の中の言葉・01)」
「「やま」に「山」を当てる、「山」に「やま」を当てる(言葉の中の言葉・02)」
「「同じ」を教える、「同じ」を教わる(言葉の中の言葉・03)」

 この「言葉の中の言葉」という連載でお話ししている「言葉の中に言葉がある」という言葉のありようを、今回はいくつかの異なる方法で説明してみます。

 目次をご覧ください。各見出しがキーワードです。文字を眺めているだけで、話の展開がたどれるかもしれません。


*うつる、うつす

*移・写・映・会・合

 人は移動します。移動すれば、人と出会います。そこで「会う」と「合う」が起きるわけです。

 人と人が会う、人と物が合う、物と物が合う。言葉(語)と言葉(語)が合う。文字と文字が合う。

「移る」を切っ掛けにして、「移す」、「写す」、「写る」、「映る」、「映す」が生まれるのです。さらなる「移る」も起きるでしょう。

 人と人が交流するのですから、「うつる・うつす」の中には病もあるでしょう。また物の見方、事のやり方、つまり、習慣や文化同士の「うつる・うつす」もあるはずです。

「あう」には、「会う・合う」だけでなく、「逢う、遭う、遇う」もあります。

     *

 今、上で書いた同じ音で異なる文字を「書き分ける」というのも、「うつる・うつす」「あう」があったからこそ起きたものの一つと言えます。

 つまり、「言葉の中に言葉ある」のです。それが目で見えるわけですが、必ずしも聞こえるわけではありません。

 上の文章を誰かの目の前で音読してみてください。相手は首を傾げるのではないでしょうか。顔をしかめるかもしれません。

*まじる、まぜる

*交・混・雑

 人が移り、人が物や事を移し、その場所で「映る・映す」や「写る・写す」やさらに「移る・移す」が生じる。こうしたことは一方的で一方向的なものではないはずです。

 双方向的であったり相互の働き掛けがあるにちがいありません。「まじる・交じる・混じる・雑じる」と「まざる・交ざる・混ざる・雑ざる」のことです。

*併

 今述べたのは「あう・合う・会う・逢う・遭う」ことによって「あわせる・合わせる・会わせる・逢わせる・遭わせる・併せる」が起きるということだと考えられます。

「併せる」が出てきました。「合併」と「併合」という漢語が浮かんできます。それぞれの漢語の熟語が呼び覚ますであろう、イメージや記憶も浮んできます。歴史のことです。

 上の文字列でめったにつかわない、少なくとも私がつかったことのないものがあります。「遭わせる」です。

「痛い目に遭わせる」とか「酷(ひど)い目に遭わせる」なんて例文が浮んできました。

 人と人が会い、そして交じるとそんな状況や事態が起きそうです。きな臭いし、「なまぐさい・生臭い・腥い」イメージのあるフレーズです。「血生臭い」という言い回しもありますね。

     *

 話は逸れますが、私は「腥」という漢字は読めても書けません。つかったこともありません。「腥」という文字をよく見てください。「星」が見えますね。

「なまぐさい」と読めるのになんで「星」なの? と星野廉は不思議に思いました。月に星――なんだか綺麗なイメージなのに……。夜空が浮んでくるのです。

 で、漢和辞典(新漢語林)で調べてみて、びっくりしました。「解字」での説明に、「月(肉)+星」とあり、さらに「肉の中に星のようにまじる白い脂肪のある、しもふり肉の意味を表す」とありました。

 確かに、腥いです。月偏の意味を思いだしました。腸、臓、膝、胸、胴、脂・肪……。

「朧月・おぼろづき」なんてのもありますけど。あと、「朦朧・もうろう」なんて今の私みたいで親近感を覚えます。

*言葉の中に言葉がある

*合・会・逢・遭、移・写・映・遷・撮

「あう・合う・会う・逢う・遭う」とか「うつす・移す・写す・映す・遷す・撮す」というふうに表記できる、つまり書けるのは「言葉の中に言葉がある」からです。

 大陸から来た文字に、この島々にあった音を当てた、あるいは逆に音に文字を当てた、と考えられます。それが、話し言葉と書き言葉のいわば二重写しとして立ち現れているわけです。

     *

 国語辞典で、「あう・合う・会う・逢う・遭う」とか「うつす・移す・写す・映す・遷す」にある複数の語義を見ると、それぞれが微妙に異なっています。

 これは、別に漢字が渡ってきてから生じた語義の違いではなく、もともとそれらの大和言葉(和語)に複数の語義があり、それに中国語でもちいられている文字である漢字を当てただけのようです。

 これは、大和言葉の中に同じ音で異なる複数の意味があったということです。厚みのある言葉という説明もできるでしょう。「言葉の中に言葉がある(言葉の中の言葉・01)」で書いた以下のことが、これに当たります。

 土着の言葉のほうが、日常生活に密着していてよく使うから意味の層が厚い、つまり多義的だから語義や解説が多くなり、辞書での記述が長くなる――。

 辞書には「短いけど長いものがある」という話です。

 これも、「言葉の中に言葉がある」、つまり一つの同じ音の連なりである大和言葉の中に、複数の異なる大和言葉があると言い方もできると思います。

*腥・腸・臓・膝・胸・胴・脂・肪・朦・朧


 上で漢字を眺めていて疑問に思って漢和辞典で調べた話をしました。漢和辞典には「解字」という面白い欄があります。

 その「解字」から、私は「月偏」の意味を思いだしたわけですが、「腥、腸、臓、膝、胸、胴、脂、肪、朦、朧」という一連の文字の作り(構成)を見ていると、これも「言葉の中に言葉がある」(文字の中に文字がある)だと気づきます。

 文字の中に文字が見える――これは「月、日(「物に立たれて」を読む・02)」という記事で、古井由吉の小説を「読む」というか「眺める」「見る」ことの実践をつうじて説明しています。私の大好きな作業です。

*あてる、あわせる、あえる

*当・充・宛・中

 上の「言葉の中に言葉がある」という章ではさかんに「当てる」という言葉をつかいました。

「あてる」は、「あてる・当てる・充てる・宛てる」と書けます。表記による語義の違いは、国語辞典で説明されているはずです。

 なお、「あたる・当たる・中る」という表記もなかなか興味深いです。「中る」は「命中する」とか「中心」という感じの漢字です。「中」という漢字を眺めていると、いろいろな光景が浮んできませんか?

 イメージが浮んだところで、漢和辞典で語義や解字を見るのも楽しいかもしれません。解字なんか、視覚的な駄洒落みたいなところがありますから、思ったとおりの説明があると、「やったあ!」なんて単純な私は一人で叫びます。

 当たると気持ちのいいものです。まさに、当たる、大当たり、中る、的中なんて感じ。

     *

「あてる」というのは、身振りとしては何かに何かを当てることです。胸に手を当てるなんてよくやりますね。

 傷口に手を当てる場合もあるでしょう。手当です。

 手や「てのひら・手のひら・掌・たなごころ」や指は、癒やす力があると言われています。確かにそうでしょう。

 幼いころに母が熱っぽい私の額に手を当ててくれたときの冷やっとした感触と温かくなった心を思いだします。

*当・合・会・逢・遭・併・和・韲

「当てる」には二つのものが必要です。

 物と物、人と人、人と物、部分と部分――こうした、ものとものとが出会い、合うことによって、「当てる」が生じると言えます。

 なお、ことと事、そしてことと言とが出会い、合う」場合もあります。それが異文化と異言語同士の出会いと触れ合いです。今、ここでお話ししていることは、まさにそれに当たります。

 つまり、物と物、人と人、事と事、言と言が出会うことで、相互の「当てる」が起きて、「言葉の中に言葉ができる」にちがいありません。

     *

「当てる」は見方を変えれば、「あわせる、合わせる、会わせる、逢わせる、遭わせる・併せる」だと思います。文字列を眺めていると、いいイメージも悪いイメージもあります。

「あてる」「あわせる」「あう」から「あえる・和える・合える・韲える」という言葉が浮びました。広辞苑に載っている「和え物」の「和える」だけではないようです。

 日本国語大辞典だと「まぜかえす」「ごたごたする」「ばかにする」「なぶりものにする」なんて文字も見えます。辞書は複数の辞書に「当たる」ことが、ときには必要かもしれません。

*合掌、こころとこころをあわせる


 手を合わせる。てをあわせる。
 手と手を合わせる。てとてをあわせる。
 合掌する。がっしょうする。
 掌と掌を合わせる。てのひらとてのひらをあわせる。たなごころとたなごころをあわせる。

 これがいちばん心安らぎますね。私は日に何度かこの動作をします。

     *

 たなごころが気になったので辞書にあたってみました。目についた箇所を引用します。

・広辞苑
(「た」は「て」の古形。「な」は助詞の「の」に同じ)

 これでは「ごころ」がわかりません。

・日本国語大辞典
(「手の心」の意)

 二つの辞書にあたり言葉をあわせて、納得できました。

 こころとこころをあわせる。

 なお、漢和辞典の漢字源によると、漢字の「掌」を「たなごころ」と訓読するのは、「中国語の「手心(てのひら)」の意訳」だそうです。「掌」は「つかさどる・掌る・司る」と読むさいにも用いられていると知りました。

「手中(しゅちゅう)に収める」と「掌(たなごころ)の中(なか・うち)」がつながりました。

 言葉の中に言葉があるのを感じないではいられません。


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