ヒーロー
日本語補習校であるキャメレーの土曜学校。
俺の担任するクラス(中3)の2時限目。
この学校では毎年1回、幼稚園~中3まで全校約330人でホールに集まって「お楽しみ会」をやる。そのときに中3クラス(1クラスのみ)は「劇」をやるというのが(何故だか)慣例になっている。
その年もその方向で進んではいたのだが、お楽しみ会の準備の時間にトラブルがあった。前の週の土曜日に決定したと思われてた事項に「否」を唱えるグループがでたのだ。
詳細は省くが、大雑把に言うと女の闘いだ。
今回の「お楽しみ会」のクラスリーダー(女子)は決定した出し物を進めたい。しかし反対の子達(女子)は自分たちはそれをやりたくない。
そういうことだ。(男子は賛成派だけどこの議論には加わらず。)
まあご想像の通り、こうなると相当に難しい。
両者譲らず硬直状態が続き、もうどうしようもないかと、
誰もがそう思って諦めかけたそのとき、
思いがけないヤツから思いがけない言葉が飛び出す。
「最後のお楽しみ会なんだから、全員でやろうぜ。いい思い出にしたいじゃん。」
どちらかと言えば女子中心に動いていたクラス。
そこへ男子の一人、先頭を切って発言したりはしないタイプのヤツがそう言って席を立って、反対派の女子たちのところに歩み寄ったのだ。
俺には衝撃だった。こんなことが起こるのだ。
わかる。TVドラマにしてはベタである。わかるんだけど、これが現実に目の前で起こるとちょっとドッキリを疑ってカメラを探してしまう。
その後次第に頑なだった反対派の子たちの心の氷も解けていき、
最終的にはみんなでやろう、ということになる。
で、生徒たちの心が一つになったところで締めなきゃいかんと思った俺は当時やっていた学園ドラマの先生の真似をするつもりで
「よーし、中3クラス、お楽しみ会、がんばるぞ~ おおっ!」
って雄たけびとともに右手を高々と上げてみた。
しかし「おおっ」と一緒に挙げてくれたのは隣にいた男子一人。
「あ~、やのっち、今ドラマみたくしようと思ったでしょ~。」
「絶対ドラマの先生役になろうとしてた。」
「なに、そうなの?」
「ば、ばか、そんなんじゃねえよ。」
「あ~、照れてる。」「絶対そうだ。」
「うるさい。先生がやってるんだから、お前らもやればいいんだ、ばか。」
「俺は言ったじゃん。」
「お前も『おおおおっ』って尻すぼみじゃねえか。」
「分かった分かった。もう一回やって、もう一回。」
「何言ってんだ。こんなの恥ずかしく2回もやれるか。」
「やってよ、やって。」
「しらん。」
「何だよ、やのっち、けち~。」
「けちとはなんだ、けちとは。」
そんなやり取りをしながら、子供たちの秘められた力の凄さを目の当たりにしたことに物凄く感動していた。
さてちょっと落ち着いたとき、
さっきのヒーローと二人になるときがあった。
「先生さ、今日お前に借りができちゃったよ。お前が飲めるようになったら連絡してこい。俺がおごるよ。」
「まじ?俺連絡するからね。土曜学校くるし。」
「あと何年後だよ?」
「18だから、4年後。」
「うーん、残念。そんなに生きちゃいねえな。」
「なんだよ、生きてるって。約束だよ。」
そしてもちろんこの話には後日談がある。
この約束は無事に果たされたのだ。