寝た子を起こすとはこういうことか… オレは唖然として天井を見上げる。 物凄いドラゴンの鳴き声が、 我が家のリビングの天井を中心として四方八方に響き渡る。
世の中はとても便利になり、至る所で安全対策が取られるようになって久しい。
牛や馬より速く走って道にウンコをすることなく沢山の荷物が運べる自動車の起こした交通事故の数は数えきれない。車両による事故回避のための安全対策は国家の案件であり、馬のウンコうっかり踏んじゃうの回避の個人対策と比べると確実に規模が拡大している。
建物の各階のスムースな移動を可能にしたエレベーター(オーストラリアではリフト)も過重による事故回避のために人数制限の表示を設けたり、密室不倫による家庭崩壊回避のために監視カメラを設置したりしている。
ただ、その対策が過敏になり過ぎているものもなくはないというのが世の常である。
時は夕刻、晩飯時。
仕事を終えて帰ってきたオレと、ウチにいたシェアメートのToday子さんとで夕飯の準備をした。 チャーハン、味噌汁、そして手作りギョーザ。
テキパキと作業をこなし、間もなく完成というところでタイミングよく仕事を終えたヒデが帰宅。Today子さんとヒデはアツアツかどうかは分からないが長くお付き合いをしている。あ、余計な情報だった。
リビングのテーブルの上にガスコンロをセットし、
フライパンを乗っけて、焼きギョーザにすることにした。
チャーハンや、味噌汁、その他諸々をテーブルに並べ、
あとはギョーザを焼くばかり。
油をひき、餃子を乗せ、ふたを。
そしてちょっと置いてから周囲に水をひと回し…
と、どうでしょう。
じゅわわわ~~~っ
という威勢のいい音を立てて 湯気が昇り龍のように舞い上がる。これぞ、焼きギョーザの醍醐味!!
と、どうでしょう。
勢いがつきすぎたのか、 ドラゴンの鼻先が、煙探知機を直撃!!
キィ~イャッ
キィ~イャッ キィ~イャッ
キィ~イャッ キィ~イャッ キィ~イャッ
キィ~イャッ キィ~イャッ キィ~イャッ キィ~イャッ
寝た子を起こすとはこういうことか…
オレは唖然として天井を見上げる。
物凄いドラゴンの鳴き声が、
我が家のリビングの天井を中心として四方八方に響き渡る。
「駄目だ、終わった。水が出る…。」
キッチンを大洪水に陥れたヒデの記憶が
一瞬にして鮮明に脳裏に浮かび上がる。
俺もヒデもその場から動けなくなった。
身動きすらできなくなった。
と、どうでしょう。
「うりゃ~っ」 という声とともに、バンッというこれまた物凄い音がした。
Today子さんがリビングからベランダに通じるドアを蹴り開けたのだ。
ええええっ、まじ???
そんでもって、 もの凄い勢いでわめき散らかしまくっている探知機に向かって、負けず劣らずの勢いでお盆を上下させて生み出した風速200mはあろうかという強風をぶつけた。バショウ扇を持った牛魔王にも匹敵するほどだ。
俺もヒデもあまりのことに口がきけない。
と、どうでしょう。
Today子さんの送り込んだ猛風にビビッたのか、
探知機の野郎がぴたりと泣き止んだではないか。
これで管理人も消防車も来ない。
静けさの中にどれほどの安堵感が含まれていたか想像ができるだろうか。
彼らになんて説明したらいいかと気が遠くなりそうだったオレは漸く搾り出すように声を出した。
「嗚呼…」
夜の水浴びと、大惨事後の辛い後片付けを免れたことにほっとしたのか、ヒデも半ば放心状態だった。
「その機械、ちゃんと作動するんですね。」
その声に俺らがハッと振り向くと、
Today子さんはすでにテーブルに着いて、
味噌汁片手に、ギョーザにかぶりついていた。
「あ、大丈夫。焼けてますよ。」
立て付けの悪いリビングの戸を
普段はトントンって叩いて、
「う~ん、あかな~い 」
なんつってたあの姿は、たぶん幻。
女は強し。
男はだらしなし。