「覚悟しな」と口元が動いた、気がした。
やばい。
採られた。
指紋。
油断した。俺としたことが全然注意をしていなかった。まさかこんなところで。拭う間もなく持っていかれてしまった。
くそっ、面倒くさい。
俺がショッカー(書っ家ー)だと断定されてしまうのか。うーん、こんなところまで追手が…
チャツウッドのフィットネスファースト。
受付を横眼に壁に設置されたセキュリティチェックの機械にカードをピッてやる。数秒かざしておかなければならないのが玉に瑕。日本製ならポケットから出す前からピッっていう音がする。いや、入り口を入ったときにすでにピッとなる。いやいや、もう家を出るときにピッとなるはずだ。ストレス要らずなのだ。さすが日本製。
さて、右に曲がって俺がいつも通過するプールの入り口。ドアノブを右手で掴んで傾け、引いて開ける。
脳が混乱する。ドアノブを持って右手を引いた。脳の予測ではドアの向こうの景色を視覚が捉え、その景色の中へ左足から歩を進めることになる。しかし視覚が捉えているのは変わらぬ景色、つまりドアだ。目の前にはドア。俺の手にはドアノブ。
と、ん…えーーーーーーーーーーーっ!!!
ド、ド、ド、ドアノブぶっちぎれちゃってるじゃん!
えええっ、まじ??
俺がこのノブぶっちぎったの?
俺が?
この俺が?
箸より重い筆より重いものも持ったことないこの俺が?
ドアを?ぶっちぎっちゃったの? えーーーーーーーーーーーーーーっ!!!
あまりのことに、あんぐりしたまま回れ右して受け付の方を見て、目が合ったアジア系女性スタッフに無言で右手をアピール。
きょとんとする彼女に、再び無言で右手をアピール。
あああああああってなって爆笑。
カウンターの向こうにいたおばちゃんも爆笑。
「あなたが壊しちゃったの? 凄いパワーねww」
「あなたもわかったでしょ、これがフィットネスファーストのレザルトよ、ダーリン。ほーっほっほww」
いや、ドアノブ破壊の鍛錬なんかしてねえし。
アジア系のお姉さんが笑いながら歩み寄ってきて、「ソーリー」と謝る俺に「あなたのせいじゃないわ」と言った。そして俺の右手からさっきまでドアに所属していたノブを持って行ってしまった。
よかったぁ~~。どうやら問題にならずに済んだらしい。弁償しろとか言われても困るもんなあ。。。。
あっ、待て。あ、まじか。
くそー、採られてた。ノブにべっとりとついた俺の指紋!!!!
俺としたことがやつらの手口にまんまとはまっちまったァ。
受付に目をやると、ダーリンと俺のことを呼んだ受付のおばさんの口角がさらに上がった、気がした。
「覚悟しな」と口元が動いた、気がした。