【思い出】『また今度会う時はビールで乾杯しような!』
2020年。今年の夏は暑すぎた。
「こんな暑い夏には…ソーセージを肴にしながら…生ビールで渇ききった喉を潤してやりたい…。」
ポケット型のゲーム機と水筒、それから日頃小さな手でお手伝いをして貯めたお小遣いをナップサックに放り込み、かっちょいい柄の入ったマウンテンバイクに跨って、友だちと待ち合わせをしている坂の上の公園まで、背中に滲む汗や額から流れ落ちる汗に気を止めることも無く、ただひたすら無邪気にペダルを踏み込んでいた10年前の僕には想像もつかないであろう言葉が、今年21歳を迎えた僕の口から出た。いや、正確には、無意識にも、出てしまっていたのだ。
小学5年生だったあの頃、ポテチとゲームが好きだった僕は、担任の先生に心配されるくらいぽっちゃりとした体型になっていて、勿論Tシャツを1枚捲るとそこには立派な三段腹があった。そんな僕を心配した母親は僕に陸上部に入部することを勧めてきて、内心あまり気が進まないまま、僕は、陸上部に入部することにした。
僕の小学校では陸上部は毎年、学年の3分の1くらいが入部する校内きっての人気がある部活動で、何よりも僕は初めての部活動ということもあって、それまで抱いていたモヤモヤもすぐに楽しみへと変わっていった。
でも実際は、違った。いや、かなり、違った。
練習は週5日みっちりとあって、想像以上にきつかったのだ。小さい頃から足が速かった僕は勿論足は速い方だった、ただし、短距離ではの話だ。僕の小学校では駅伝に特化していたので、種目はあまり選べず、みんな長距離を走っていた記憶がある。スピードには自信があった僕には、スタミナは全然なかったのだ。A、B、Cと3つのグループに別れて走る10分間走の内訳は、Aグループは駅伝候補の速い人たち、Bグループはそこそこ速い人たち、CグループはBグループに入れなかった残りの人たちだ。書く必要も無いだろうが、僕のスタートはCグループだった。
Cグループには色んな人がいた。友だち作りに入部した人。地域の少年野球やサッカーに入っていて体力作りで入部した人。クラスの担任が陸上部の顧問で入部した人。
本当に、色んな人がいた。
でも、基本的にCグループはあまりやる気のある人がいなかったので、元気だけはあった僕は10分間走のスタートと同時にいつも初めだけは先頭に立って走っていた。でも、10分間走りきった後、僕はCグループの中でトップだった訳では無い。僕と同じように、元気に満ち溢れていて、やる気のあるやつがいたのだ。5年2組の一ノ瀬だ。僕はいつも彼を意識していた、が、彼もまた僕を意識していたらしい。一ノ瀬と仲良くなったのは、向日葵が咲き揃う夏休み中のとある部活動の日だ。10分間走前に水分補給をするのだが、彼はたまたま家に水筒を忘れたらしい。夏の暑さでグラウンドの水道管も熱せられて、蛇口を捻っても出てくるのは熱湯。喉の乾きの訴えに耐えかねている彼を見た僕は、水筒に氷をぎっしりと入れたお茶を彼に差し出した。彼はありがとうと言い、そして、がぶがぶとキンキンに冷えたお茶を飲んだ。
練習が終わり、休憩していると、彼が話しかけてきて、お互いしていたゲームが同じで意気投合し、その後、彼の家でゲームをすることになった。ゲームをしながら話を聞くと、彼も僕と同じで親から勧められて入部したらしい。
練習が終わるとサッカーやゲームをするという生活が続いた僕達はいつの間にか、練習への姿勢も変わっていき、お互いが勝ちにこだわるようになり、段々と10分間走で走れる距離が長くなっていっていた。夏が終わり、2学期が始まる頃、僕と一ノ瀬は顧問の先生に呼ばれて、Bグループで走ってみないかと言われた。お互い、もっと速くなりたいという陸上への態度からBグループで走ってみることにした。
Bグループは速かったが、僕達も必死で先頭集団に食らいつき、どんどんスピードもスタミナもついていった。
小学6年生になった。僕と一ノ瀬は駅伝の校内選考では惜しくも最後まで残ることは出来なかったが、補欠を争うくらいにまで成長し、中学でもお互い陸上部に所属し陸上競技で共に汗を流す日々を送った。
高校はそれぞれ違う高校へと進学したが、お互い陸上競技を続け、大会で会う時はいつもお互いの調子を確認し、タイムテーブルでお互いのレースを探しては応援するということが自然となっていた。
あれから時は流れて現在、2020年。21歳になった僕は自宅から通える大学に進学し、一ノ瀬は関東の大学へと進学した。お互いの大学がかなり遠くになってしまったせいで、一ノ瀬とはもう随分と会っていないが、連絡は今でも取り合う中だ。
最近来たLINEによると、コロナを気にしてか、どうやら今年は地元には帰ってこられなさそうだ。
このご時世、仕方がない。
待つのもまた楽しみの一つだ。
僕はふと、彼と仲良くなったあの日の水筒のお茶を思い出し、そして今年の夏を終えるために彼とのLINEをこう締めくくった。
「また今度会う時はビールで乾杯しような!」
【終わり】
ご覧頂きありがとうございました。
成人を迎えた僕のこれまでの人生を飲み物とともに振り返って書いてみました。
また次回もお楽しみに!
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