新旧の呼応"アンスティチュ・フランセ東京"
「名建築で昼食を」でも登場していた、「アンスティチュ・フランセ東京(旧日仏学院)」。
飯田橋駅から外堀通り沿いを歩き、一本入った坂の先にふと外観を露わにするのがこの建物。
「アンスティチュ・フランセ東京」は、フランス政府の公式機関として、フランス語やフランス文化の普及を目的として1951年、坂倉準三氏の設計によって建てられた。
フランス語講座をはじめとし、講演会や上映会などイベントが行われ、日本とフランスの交流がなされてきた。
坂倉氏は、巨匠ル・コルビュジェ氏の弟子でパリで5年間ほど師匠の基で研鑽を積んだ。
師匠の生み出した近代建築の5大原則などの影響を色濃く残した建築となっている。
完成した年の10年後に坂倉氏自ら増築を施している。そこから約60年後、拡張プロジェクト「Villege as Institute」が始動し建築家の藤本壮介氏が招聘された。
藤本氏自身フランスで集合住宅やパヴィリオンなどのプロジェクトを手掛けている。
さらに国内でも次々と話題の建築を手掛け、大阪万博ではデザインプロデューサーを務めるなど次の世代の建築界を担う存在とも言える。
そんな藤本氏が巨匠コルビュジェの系譜を継ぐ尊い建築に対してどのような解釈を持って挑んだのかもとても興味深い。
1.曲線美を堪能
この建物の象徴とも言える二重螺旋階段。外観ではシンプルな白い塔状がL型の建物に中央部にあり、入口を入るとガラスブロック壁面が広がる。
上部を見上げると丸みのある三角形の天窓を囲うように3次元の2つの階段の優雅なラインが重なっている。この二重螺旋階段は構造的にも珍しくフランスのシャンボール城とここでしか見られないと言う。
意匠もさることながら、当時学長の自宅が建物内にあったことから、学長と学生が教室を行き来する動線を2つの階段で分ける機能的な側面もあったと言われる。
その他にも階段の手摺や踊り場、円柱など緩やかな曲線美があちこちに見られる。曲線によってもたらされたゆとりのある空間構成も坂倉氏ならではの技だ。
外観のバルコニーを支える柱は見た目がキノコに似てることからシャンピニオンの柱と呼ばれ親しまれている。
2.トリコロールも堪能
2000年代にも何度かフランスに所縁のある建築家やデザイナーによって改修がなされた。インテリアで特徴的なのは、フランスを象徴するトリコロールの配色だ。エントランス受付やトイレ、椅子にもだいたに取り入れられている。自分がフランス人だったらちょっと気恥ずかしくならないものかと危惧するが、全体の白や木の空間にあってどぎつくならずに、知的でおしゃれな印象を与える。これはアニエス・ベーやプチバトーにも通ずる洗練さだ。
3.新しくも懐かしい小さな村?
中庭を囲むように新館がコの字に配棟されている。中庭に面した1階中央部には講堂があり今後レストランの計画もある。複数の階段が分散配置された小さな小屋を繋いでいる。
藤本氏は設計にあたり、旧館を真似るのではなく会話をするような関係性を目指した。南仏の小さな村をイメージしてデザインした、白く切り取られた三角屋根の小屋が点在する様は、どこか架空の世界であり牧歌的でもある。
それぞれの小屋の前面には回廊がありテラスとなる溜まり空間もある。縁側のような日本らしさも大切にしながら2つの国の文化の交流をデザインで体現している。
中庭の中央に松の木が鎮座しているのもこの施設ならではの図らいかもしれない。
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