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【column】 最近、冒険してる? — と聞かれて、思わず答えにつまったあなたへ

最近、冒険してる? — こんな一文ではじまる編著書『ぼうけん図書館 エルマーとゆく100冊の冒険』が、ブルーシープより刊行されました。表紙を飾るのは世界に名を馳せた冒険家、エルマー・エレベーター氏。あの『エルマーのぼうけん』の主人公です。表紙には、しま模様のりゅうと並んでトコトコと歩くエルマーのうしろ姿が。二人で冒険へでかけてゆくのかな?

この本は、東京・立川のPLAY! MUSEUMで開催された「エルマーのぼうけん展」の展示企画「ぼうけん図書館」から着想を得て生まれたもので、古今東西の絵本や童話から100の冒険物語を集めたブックガイドです。同展の公式図録『エルマーのぼうけん展』の編集をしたご縁で、僭越ながら、選書・執筆・編集をさせていただきました。

でもね、わたし、「冒険」って柄じゃないんです。子どもの頃から人見知りだし、インドアだし。生まれたときに運動神経をどこかに忘れてきたようで、鈍くさいし、体力ないし。「ちょっと聞いてよ、こないだこんなことがあってさー」とまくしたてる友達に、「そのとき、わたしもいたんだけどね」と伝えるタイミングがつかめない……という影薄めなタイプです。

でも、そんなわたしですら、冒険物語は砂漠でありついた水のようにおいしく感じられます。人はなぜ、いつの時代も冒険に魅せられるのでしょうか? 先人たちはなぜ、飽きもせずに冒険を綴りつづけたのでしょうか?

勇気を奮るって未開の地へ分け入ることも冒険ならば、思考の深みで未知を探求することもまた冒険。友達のために立ち上がることも冒険ならば、孤独を噛み締めることもまた冒険。ステレオタイプの冒険者像とは真逆のわたしとしては、そんなふうに思いたいのです。冒険は嗜好品や贅沢品のようなものではなくて、その人の根っことつながっているものなんじゃないでしょうか。だからこそ、あなたの冒険とわたしの冒険は決して同じじゃない。

この『ぼうけん図書館』には、「これって、冒険物語じゃなくない?」という本も多々含まれています。正直いうと「冒険物語を集めたブックガイド」というのは、かなり大雑把な説明なんです。さまざまな物語を「冒険」という切り口で見てみると、思いがけないきらめきややさしさを帯びてくる。どんな人の中にも冒険心があって、ともすれば眠っている(あるいは眠らされている)それを揺り起こしてくれる一冊がきっとある。言葉にすると平たくなってしまいますが、こんなことごとを思いながらつくりました。

冒険がもたらすのは、価値観の揺さぶり。その揺さぶりがもたらすのは、自分だけの世界と自分だけの視点です。月並みかもしれないけれど、これに尽きると思っています。だから、冒険には大人か子どもかなんて関係ないんです。人見知りもインドアも、運動神経の良し悪しも関係ないんです。うまくいったかどうかすら関係ない。冒険心のかたちはそれぞれ違うから、人から見たときにそれが冒険らしいかどうかなど、それこそどうでもいいんです。

さて、『ぼうけん図書館』では10章に分けて100冊を紹介していますが、「ぼうけんは、すぐそこに」「ぼうけんは、ぶきなどいらない」といった章立ては、すべてエルマーの物語に由来します。ほら、エルマーの冒険は近所で野良猫を助けたことからはじまるでしょ? トラやワニに遭遇してもチューインガムや棒つきキャンディーで解決しちゃうでしょ? そんなエルマーの無垢で親切な冒険スピリットに敬意を払いながら、100冊を選びました。

それから、わたしとしては「装丁」も少なからず意識しています。新訳や文庫版があるとわかっていても、あえて函入りの愛蔵版を取り上げているのは、そんなわけです。本の重み、手ざわり、ページをめくるときの音、文字から立ちのぼるインクの匂い……こうした身体的な味わいもまた、読書体験に欠かせない要素であるように思います。

そうそう、装丁といえば『ぼうけん図書館』にもご注目を。表紙の用紙はエンボス入りのファインペーパー「い織り」で、題字はマットの金箔押し。遊び心のあるレイアウトと視認性に富む文字組に囲まれて、本たちがのびのびと躍動しています。ブックデザインを手がけたのは、アートディレクターの有山達也さんです。20数年前、雑誌『Ku:nel』が創刊されたときの衝撃は忘れもしません。憧れの人に自分の本をデザインしていただけることのしあわせよ。血と汗と涙(血はあんまり流れてないけど、汗と涙は大洪水)の夜を越えて、編集の仕事をつづけてきてよかった!

最後に、先日100歳で逝去された『エルマーのぼうけん』の作者、ルース・スタイルス・ガネットさんの話で締めくくりたいと思います。先述の図録『エルマーのぼうけん展』でもガネットさんの生い立ちや暮らしぶりに触れていますが、ガネットさんの人生には、その愛と冒険心が垣間見られるエピソードがいくつもあります。例えば、15歳のときには怪我をした黒人の子どもを抱いて病院へ駆け込んだとか(人種差別がまかり通っていた時代の話です)。大学生の頃にはアルバイト先の牧場で瀕死の熊に遭遇し、思わず人工呼吸をしたんだとか。そう、エルマーはガネットさん自身だったんです! 

ガネットさんが世界中の子どもたちにプレゼントしてくれたエルマーは、わたしにとっても永遠の友達です。大好きなエルマーと一緒に『ぼうけん図書館』をつくるという冒険ができたことを、心からうれしく思います。


● 『ぼうけん図書館 エルマーとゆく100冊の冒険』永岡綾 編著(ブルーシープ)

● 『エルマーのぼうけん展』(ブルーシープ)


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