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【現役教師が語る】不登校でも、自ら勉強する・動き出すのに必要なこと

こんにちは、不登校を想う現役教師・れいです。

今週は、1000人以上もの子どもたちを見てきた現役教師の視点から、「子どもたちが、自主的に動き出すまでには、どのようプロセスを経ていくのか?」を、お話しします。

もちろん焦点を当てたいのは、私が大切にしており、多くの不登校の親御さんのゴールでもある、「不登校の子が、自主的に動き出す」までには何が必要か?という部分です。

学校に通っている子、学校に来ない子を比較しながらお話ししますが、私は「すべての子が学校という場で成長すべき」とは思っていません。
毎日現場にいるからこそ思いますが、今の学校は「すべての人間にマッチする、完全体制」ではありません。

しかし、今の日本では、「学校に行かない」という選択肢をとった場合、受けられる支援は非常に乏しい。「親御さんが暗中模索している」家庭がほとんどです。
だからといって、「少しでも心身のエネルギーがある・発達段階の子ども」に、「何もしない」のは非常にもったいない。

「自分は/この子は、全日制は合わない」と考えるご家庭、「ゆくゆくは全日制に通うことを望むけれど、今は難しい」ご家庭でも、「お子さんが自ら動くためには何が必要か?」…それを、そばにいる大人=親が、体系的に、しっかりと知っているか否かは、「暗中模索状態」と比べると、将来、お子さんにとって大きな違いをもたらすはずです。

「子どもが自ら動く」ためには、下記4つのSTEPがあります。(画像もご参照ください)

⚪️STEP 1.興味を持つ
🔵STEP 2.発達段階に応じた刺激によって、行動を継続する
🟡STEP 3.自己理解をする
🔴STEP 4.自ら「理想」を描く

具体的な生徒の事例も出しながら詳細に解説していきます!
ぜひ、チェックしてみてください。

⚪️STEP 1. 興味を持つ

子どもが自主的に動き出すための第一歩は、何かに興味を持つことです。
これは、多様な刺激に触れることから生まれます。

刺激とは、人・学問・音楽・生き物・景色・芸術…など、五感を通したもので、多岐にわたります。
直接的な刺激(例:肉眼で絶景を見る)も、間接的な刺激(例:絶景の写真をネットで見る)もありますが、どちらも刺激であることには変わりありません。
ただし、多くの場合、「直接的刺激」のほうが、気持ちが動かされ、フックになりやすいです。
だれしも、「ネットで絶景写真を見る」より、「肉眼で絶景を見る」ほうが、その時の気温、匂い、音…などもいつもと違って、感動しやすく、記憶にも残りやすいですよね。

学校に通っている子どもたちは、仮に親が特に何もせずとも、授業、行事、部活動などを通じて、自然とこの機会を得ています。
多くの子は「学校が用意したもの」に「+α」で、「友人から勧められた/余暇の時間にたまたま目にした」モノ・コトも、刺激として触れている場合が多いです。

では、不登校の子どもたち…ですが、私の感触的には、この部分に関しては、意識的にやろうとされている親御さんが多いように思います。
たとえば、教材や本を与えたり、旅行や外出に連れ出したりするなどですね。

もちろん、「学校に通っている子」の場合と比べると「少なめになっている」ことも多いかとは思いますが、感受性の個性もありますし、そもそも「学校に通っている子」でも、刺激の多寡は一定ではありません。

「多いか少ないか」を必要以上にこだわるのではなく、「なるべく多様な刺激があるかどうか」がまず大切だと考えます。

ちなみに余談ですが、「不登校の子から、無理やりゲームやスマホを取り上げると危険」という話は、かなりこことも関係すると思っています。
ゲームやスマホは、「間接的」ではありますが、それを通じて、人や情報の刺激を得ることはかろうじてできます。
それを取り上げて、より「直接的」で「その子が興味をもてる」刺激を代わりに与えてやれるのであればいいでしょうが、そうではなくただ「取り上げる」だけであれば、「刺激0.5」から「刺激0」の状態となってしまい、「自主的に動く」状態からは、むしろ遠のきます。
かといって当然、「ゲームやスマホ『しか』やらない」というのは、「間接的な、単一の刺激」のみ、ということですから、発達の観点で言うと、決して理想的ではないのでしょうけど…。

🔵STEP 2. 発達段階に応じた刺激によって、行動を継続する

何かに興味を持った後に重要なのは、その興味を深め、行動を継続するための適切な刺激です。

たとえば学校では、「一次関数が理解できたら、次は二次関数」「日本の地理・歴史が把握できたら、次は世界の地理や歴史」など、一つの「数学」「社会」という学問でも、理解しやすいように、ステップが細分化されています。

そして、定期的に試験があり、「自分はどこまで理解できたか」が明らかになり、そこから親や教師に声をかけられたりするからこそ、「勉強」という行動が持続していきます。

逆に、「細分化されていない≒授業がない」・「試験もない」・「親や教師からの声かけもない」状態だと、「学問を学ぶ行動を続ける」ことは、ほとんどの人間には不可能です。

勉強だけではありません。部活や習い事などでも基本的に、「刺激によって行動の継続が促される」という段取りは同じです。

たとえば、まず「楽譜が読めるようになる」→「一つの音を出してみる」…という、細かいステップに基づいて、先輩や顧問から教わる。
と同時に「次の大会に出る」などの刺激が用意されていて、「先輩や顧問からの声かけ・関わり」がある…そうしてはじめて、「吹奏楽部を続けている」という状態が出来上がるわけです。

一方、不登校の子どもたちのことを考えると、この「刺激による行動の継続」がうまくできている子が非常に少ない気がします。
ネットで出会ったものや、たまたま親御さんから与えられた刺激で、「私、〇〇やってみようかな?」ということは起きても、なかなかそれが続かない。
あるいは、先ほどの、「勉強」や「吹奏楽部」の例のように、行動が「発展的」に変化していかない…そういう事例が多い気がします。

つまり、多くの不登校の子たちにとっては、興味を持ったことで終わらせず、それを深めるための行動サポートが重要なのではないでしょうか。

しかし、それは「親だけでできる」容易なことではありません。

「細分化されたステップの提供(例:一次関数→二次関数/譜読み→音だし)」は、その分野に精通している者にしか不可能ですし、「試験」や「部の大会」のような行動刺激を考えるのも決して簡単ではありません。
(だからこそ、学校では、教科別に教員が設置されていますし、「試験や部活」をどう運営するかが学校によって多様になるわけです。)

ただ、「一人の大人では到底『行動継続刺激・サポート』はできないから」と言って、諦めてしまうのも、「子どもの自主性を育む」という観点ではNGだと考えます。

なぜなら、繰り返しになりますが、「行動継続のための刺激・サポート」がない状態だと、ほとんどの人間はなにもしません。
…というより、初めは多少興味があったとしても、何からやればいいかわからず、そのうち「もういいや」となってしまう感じでしょうか。

継続的な行動刺激・サポートを通じて、子どもの興味を持続させ、深化させてはじめて、「あっ、数学ってなんか面白いかも」とか、「吹奏楽部にいて思うけど、僕、後輩に教えるのすごい好きかも!逆に先輩と絡むのは苦手…」といったような、ステップ3の「自己理解」に繋がるのです。

🟡STEP 3. 自己理解をする

子どもの自主性を育む上で、最も重要なのが、この自己理解です。

自己理解とは、「自分ってこうだな」という特性を、自分自身で理解するということで、例えば、先述のような、「なんか歴史おもしろい」とか、「化学はずっと苦手。意味不明」とか、「後輩に教えるの楽しい」とか「先輩と話すのは苦手…」などです。

学校に通っている子どもたちは、行動を継続しながら、たとえばクラスメイトとの比較や、友人や教員との会話を通じて、「自己理解」が形成されていくことが多いのですが、不登校の子どもたちには「行動継続」に加え、この「自己理解」の機会も少ないのが現状です。

「自己理解」がうまくいかないと、「アナタは口下手ね」と、ある時点で誰かから言われた評価を必要以上に鵜呑みにしてしまったり、「こんなのできたって何にもならない」「皆はもっとすごいから」と、必要以上に自分を下に見てしまったり、「俺だって、そのうちやればできるって!」と、必要以上に尊大になってしまったり…に繋がります。

こうなってしまうと「自分から動く」ことはなかなか難しい。

ですから、「子どもが自ら動く」ためには、親や支援者のサポートを通じ、「自分はこういうことが得意」「これは苦手」といった自己理解を深めていくプロセスが必要不可欠なのです。

🔴STEP 4. 自ら「理想」を描く

自己理解を通じて自分自身をよく知ることができたら、最後は自ら「理想」を描くステップです。これができれば、自動的に「自分から動く」ことが可能です。

ちなみに、ここでいう「理想」とは、自分の強みを活かし、興味関心に基づいた将来像や目標のことです。

たとえば、「先輩は苦手だけど、後輩と関わるのは好きだ!」という子が、「『誰かに何かを教える』仕事っていいなぁ、先生を目指そう!」となったり、「化学は意味不明だけど、歴史はなんかおもしろい!」という子が、「〇〇大学の人文学部行きたい!」となったり…という感じです。

私は進路指導や、大学受験指導なども経験がありますが、就職にせよ、進学にせよ、基本的に進路はこのような感じで、自己理解に基づいて決めていきます。

そして、1000人以上の生徒を見てきたからこそ言いますが、このような「自己理解に基づいて」、「自ら理想を描いた」子だけが、自分で動けるようになっていくのです。

受験生だったら、自ら勉強したり、大学のことを調べたり。
就職だったら、自ら先生にESを見てもらったり、先輩に話を聞いたり…といった感じですね。

逆に言うと、自己理解に全く基づかず、「アンタは〇〇大学行っときなさい」と大人の言葉を鵜呑みにしたり、「俺は何もできないから、とりあえず就職」と決めた場合は、いくら受験生や成人と言われる年齢になろうと、なかなか自分から動かないです。

自分から動くかどうか、は客観的な偏差値や成績で決まるのではありません。
「自己理解に基づいた理想」を、「子ども自ら」描けているかどうかが、大きな決め手となるのです。

逆に「自己理解に全く基づかない」まま、進路を決めた場合、「〇〇大学行くなら/就職するなら、これはやっときなさいよ」と周囲がつついて動けばまだいい方で、言われてもやらず、結果的にうまくいかないことが多いです。
(〇〇大学に進学・就職がそもそもできない/進学・就職ができても、すぐに辞める…など)

不登校の子どもたちは、ここまでのSTEP(主に「行動の継続」や「自己理解」)が不十分であるがゆえに、しばしば世間の一般的な「成功」の基準に縛られ、自分に合わない理想を追いかけてしまうことがありますが、これは「自ら」理想を描いた、とは言えないのです。
自ら動くために、本当に大切なのは、その子自身の特性や興味に基づいた、オリジナルの「理想」を、その子自身が描くことなのです。

私たち大人は、理想を代わりに描いてやることは出来ません。
できることといえば、あくまで「サポート」になります。
ただ、「適切なサポートをするか・しないか」では、子どもの自主性を育てるのに、雲泥の差を生み出します。

「自主性」とは「自ら動く」ことだから、「大人は何もせずに見ているのが正しい」のでは決してありません。
せっかく子どもに少しでも心身のエネルギーがあるのに、大人が「何もしない」でいると、「刺激が得られず興味が持てない」「行動が継続しない」「自己理解も進まない」…と結局「自分からは何もしない」状態に陥ってしまうのです。

⭐まとめ

子どもの自主性を育むプロセスは、STEP 1「興味を持つ」ことから始まり、STEP 2「適切な刺激による行動の継続」、STEP 3「自己理解」を通じて、STEP 4「理想の構築」ができ、そして最後に、実際の行動へと進んでいきます。

このプロセスを通じて、子どもたちは自分自身を理解し、自信を持って行動できるようになっていきます。
私たち大人の役割は、このプロセスを丁寧にサポートし、子どもたちの可能性を最大限に引き出すことなのです。

皆さまのお子さまとの関わりに、少しでも参考になれば幸いです。​​​​​​​​​​​​​​​​


私、「不登校を想う現役教師・れい」の運営しているLINEでは、主に不登校や五月雨登校でお悩みの親御さんに向けて、「子ども自ら動き出す」ために親御さんが知るべき情報や考え方を発信しています!

読んだ親御さんからのお声🗣️
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