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『ユルスナールの靴』/須賀敦子 著
人生に影響を与えた本、と言われて真っ先に思い浮かんだのは、須賀敦子さんの笑顔だった。
お顔はご著書や雑誌の写真でしか存じ上げないけれど、15年ほど前ベルギーに住んでいた私は、須賀敦子さんの作品を読んでみたくてAmazonで購入し、実家から送ってもらった。
一冊読んで、その美しく端正な、身体の奥深くに爽やかな風が吹くような須賀さんの文章に、すっかり魅了されてしまった。
何冊目かに手にとった『ユルスナールの靴』は、須賀さんの最後の著作だと文庫本のあとがきで知った。もう生きていらっしゃらないんだ、そう知った時の衝撃はとても大きかった。涙が溢れて止まらなかった。
生きていて欲しかった、まだまだ須賀さんの文章に魅了され、学び、励まされたかった。当然そう出来るとなぜか思い込んでいた。
どうしてもっと早く出逢わなかったのか・・・
『ユルスナールの靴』には、須賀さんのフランス・イタリア留学当時の回想などが書かれている。私も欧州に住んでいたタイミングだったので、出てくる地名や生活様式がとても身近なものに感じられた。目を閉じればまるで、通りから学生の須賀さんの靴音が聞こえるような気がして、
没頭して読んだ。
その中に、まだ20代だった須賀さんが、留学中に様々な異国の価値観と出逢い、本当の自分とはなにか、どれが「自分にぴったりくる」道なのかと悩んでいた胸中を述べたくだりがある。
ご自身の思いをフランスの作家マルグリット・ユルスナールの著述に重ね合わせ、当時の私はまさにこれだった、彼女(マルグリット)も同じ軌跡をたどったのだ、と安堵する場面。
『霊魂の闇』
『ときには、呼吸しつづけることだけを
みずからに課していた』
数ページの中の数々の表現が、私の胸に深くつきささり、胸がしめつけられ呼吸が速くなったことを覚えている。
あの須賀さんでも、目の前に自分の進むべき道がないと感じ、呼吸することだけをみずからに課していた二年もの長い「霊魂の闇」があったのだ。その事実は、その後10年以上に渡り今でも私の深い部分を支えている。
須賀敦子さんを想うとき、自然と背筋がまっすぐになっている。
進むべき道が今は見えなくとも、今日もいただいた命を丁寧に生きる。
そう、呼吸しつづけることだけをみずからに課して。
それは実は、生きている者にのみ与えられた大いなる祝福ではないか。
須賀さんの本に出逢ってから私はそう思うようになった。そして、苦境にあっても背筋を伸ばし、顔を上げて前を見られるようになったのだ。
いつか目の前の、闇とも霧ともつかないものが晴れ、自分の進むべき道が見えてくるのを信じて。
最後までお読みくださりありがとうございました。今日もあなたにとって素晴らしい日となりますように!
心から、感謝をこめて。