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ペットの最期と向き合うという事

溺愛していた飼い猫が、今静かに最期を迎えようとしている。
ここ2ヶ月程、皮膚の炎症で通院させていて、この1か月ほどで急にあれこれと他の問題も出てきた為、検査をすると、かなりの高い確率で癌だろうと診断された。
皮膚の炎症も、癌による免疫の低下で起こっているのだろうと事だった。
私の猫は、16歳だ。私はとある理由でこの猫が6、7歳の頃から面倒を見るようになり、11歳頃に前の飼い主から譲り受けた。
(この話は下記の日記で長ったらしく書いてあります。)

彼女は皮膚炎の飲み薬を非常に嫌がっており、1週間おきの投薬の3回目を始めた頃から、全くご飯を食べなくなってしまった。
同時に体の左側にぽつりとBB弾くらいのサイズのしこりが突然できた事もあり、フォローアップの予約を早めてすぐに獣医さんに連れていった。
血液検査のために血を抜かれ、レントゲンを撮り、しこりに針を刺して膿が出るか確かめる検査をされ、普段獣医さんでは割と大人しい彼女が、今回は見ていてつらくなるほど嫌がっていた。
ソノグラムで検査をすればより正確な結果が出るが、恐らくかなり高い確率で癌だろうという事、16歳なので抗がん剤治療はおすすめしないという事、猫の癌は静かにかつ早いスピードで進行するので、突然死んでしまうかもしれないという覚悟をしておいた方が良いという事、安楽死は決して悪い事ではないので、あなたのタイミングで必要と思った時に来てくださいという事を別室で伝えられ、薬を2種類出された。
一つはステロイドで、癌の進行を抑える効果があるが皮膚の炎症を悪化させるリスクがあるというもの。もう一つは食欲を刺激するための錠剤だった。

処方はされたものの、私はもう、彼女が大嫌いな皮膚炎の薬も、ステロイドも、あげるつもりはなかった。

彼女が急激に体調を崩し出したのは、奇しくも彼女が子猫の頃から一緒に育った二匹のプードルが死んだのと同じ時期だったので、少し不思議な気分になった。
20歳まで生きる猫はよくいるとはいえど、16歳は立派な高齢の域だし、ここまでの状態になったことは一度もなかったので、2回ほどの通院で済むような今までのちょっとした疾患とは明らかに違うのを感じていた。
普段から死については自分なりに考えている方だし、覚悟はできているつもりだったけど、ショックで自分も食事が喉を通らなくなった。
しばらく泣いては、ぼーっとするという繰り返しで仕事も手につかなくなってしまったので、急ぎでない人にはひとまず連絡をした。
数日後、病院で飲まされた食欲増進剤の効果も切れ、またご飯を食べなくなっていたので、食欲増進剤だけあげてみようかなと思い、ごめんね、ごめんねと謝りながら、必死に抵抗する彼女の口をむりやりこじ開けて薬を喉の奥に突っ込んだ。
彼女は泡を吹いて嫌がり逃げまどい、私は彼女に毒を盛ったように気分になった。
そして数分後、ロボットのように起き上がり、全く口にしなかったキャットフードを急にむさぼり出した彼女を見て、私は涙が止まらなくなった。
食べたくもないものを何か別の力によって動かされ食べている顔をしていた。目に力がなく薬物でハイになったようなその顔を見たときに、私は人間の都合を猫に押し付けていることをはっきり悟った。
数日でも長く生きてほしいと思うのは私のエゴだ。

私はもう何の投薬もするのをやめ、彼女のペースに全て合わせる事に決めた。

彼女の使っている毛布を私の作業机の下に敷き、ご飯やトイレも行きやすい場所に置いてからは、毎日、ほとんどの時間を私の足元で眠って過ごしている。
もう2週間近く、チュールをお水に溶かしたものを何回か食べたくらいで、ほとんどご飯は食べていないけど、日によってはだいぶ元気そうにしていたが、しこりもさらに増え、ついに後ろ足に力が入らなくなって、ほぼ歩けなくなった。皮膚炎の炎症が止まってきた事が唯一の救いだ。

毎日、確実に弱くなっているけど、撫でてあげると嬉しそうにするので、目が覚めてぼーっとしている時は話しかけたり撫でてあげたりしている。
私が泣いているとゴロゴロ言わなくなるので、笑って話しかけている。
彼女の嫌なことはたくさんあって、無理強いをすると何日も怒ってしまうような猫だったけれど、彼女が望むものは昔からいつもたった一つ、シンプルに「そばにいる事」だった。
なので、彼女が安心できるスペースを用意し、最後まで、今まで通り、ただただ寄り添ってあげるのが一番いいと思った。寄り添うというのは彼女らしさに寄り添うという意味も含めて。
安楽死は、なるべくさせずに彼女のペースでと考えているけど、土壇場になったらどう思うかまだわからない。
けれど、こうして彼女に毎日寄り添ってあげられる今の自分の環境が本当にありがたいと思う。

ペットが弱っていく姿を見るのは非常につらい。でも、この小さないのちに向き合う時間というものは、これからいつか迎えるであろう両親の死、ひいては自分の死を考えるのに、とても貴重で精神的な経験だと毎日実感している。

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