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海音寺潮五郎『孫子』(下)と人間関係の難しさ
さて、上巻に続いて下巻を読み終わりました。
下巻では、孫武の5代ほど後の子孫となる孫臏が主人公です。孫武の時代より150年ほど後の話になります。
孫臏の子供の頃の友人であった龐涓なる人物との関係が描かれ、主として復讐ものの体裁をとっているので、上巻よりもドラマティックな展開になっています。
孫武の著作や兵法を学ぶために孫臏の家を訪れた龐涓は、それを縁として孫臏と友人となり、他国の将軍のもとを訪れて共に学び、切磋琢磨します。
その将軍に不幸があって亡くなったのを機に2人はそれぞれ故郷に帰りますが、その後孫臏は自宅で悠々自適の生活を送る一方、龐涓は家が貧乏であったこともあって士官への道を模索します。
龐涓はなかなか官途が開かれないなか、孫臏の金銭的な支援もあってある国の上級官僚として採用され、最終的には将軍にまで上り詰めます。一方、孫臏は思い付きで龐涓を訪れて久闊を叙するのですが、ここで色々あって、龐涓は嫉妬心から孫臏を罠にはめ、孫臏は罪人として膝から下を切り落とされてしまいます。
ここから、孫臏の龐涓に対する復讐劇となってくるのです。
下巻を読んで感じたのは上巻で語られていた戦術や戦略よりも、人間の浅ましさと人間関係の難しさでした。人間は社会性の動物ですから、独りで過ごすことはできません。しかし、2人、3人と関係者が増えていくにつれて人間関係も複雑になってきます。
人の中には徳と仁義を重んじる壮士もいれば、嫉妬と妬みから人を裏切る奸徒もいます。厄介なのは、見ただけではどちらか分からないし、仮に付き合いを重ねても分からないことがあることです。また、同じ人でも時期によって、年齢によって変わってしまうことがあることです。
そういう厄介な人間関係をうまくコントロールする方法はあるでしょうか?
1つには、人間関係をできるだけシンプルにすることです。知り合いをあまり増やさず、特に、親友と言われるような親密な人間関係を広げ過ぎないことです。親密な関係が増えればそれだけ義理もできれば因縁も生まれます。一度生まれた因縁は一生ついてまわりますし、下手をすると自分の子々孫々まで影響を及ぼします。
2つ目には、人間関係は自分と、他人という要素から成り立っていますが、他人をコントロールすることはほぼ不可能ですから、自分という要素をしっかりと定義することです。自分が壮士なのか奸徒なのか、どういう生き方、方針で身を処するのかきちんと認識しておくことです。そうすることで不確定要素を大幅に減らすことができます。
1つ目については、普通に仕事をしていると知り合いは増えていきますし、仲の良い人も増えていくでしょう。ただ、本当にその人と親密な関係を構築するかどうかはよくよく吟味すべきです。この本の孫臏はそれに失敗しています。彼ほどの戦術家であったとしても、人を見通すことができなかった、正確に言うと、見通していたにもかかわらず人間としての契りを結んでしまったのです。
これが人間関係の難しさです。人間関係は、その時の自分の心の持ち方だけでなく、雰囲気やその状況の流れで自分の意図とは関係なく結ばれてしまうこともあるからです。どうしようもないということもあるかも知れませんが、少なくとも人と親密な関係になるときは、一旦立ち止まって、冷静に、客観的に判断する間を置くことで、リスクを少なくすることができるでしょう。
2つ目についてもう少し詳しくお話しすると、人間関係はその要素(人間)の数が増えれば増えるほど複雑性が増します。各々の要素自体が(通常)不確定なので、不確定なもの同士が結びつくとそこから生まれるパターンは等比級数的に増加していきます。
ですので、まず、自分がその不確定要素にならないことが大事です。自分の価値観やポリシー、核となる考え方をしっかりと持って、他人や状況に左右されない強い意志を持つ必要があります。これがなかなか難しい。
次に、できるだけ、そういった強い意志を持った人たちとのみ交友することです。そうすることで、不確定要素をかなり減らすことができます。それでも人間ですから、100%と言うことはありえません。その意味で他人をまるっと信用することはできません。信用できるのは自分だけです。自分を信じること、それが基本です。自分に裏切られたら、もう、それはしょうがないですね。諦めるしかないです。
どんなに勉強しても、どんなに経験を積んだとしても、どんなに人間的に優れた人であっても、人間関係ばかりはコントロールすることが難しいです。上巻の孫武も人間関係に悩んで将軍を辞して野に戻りました。下巻の孫臏に至っては、それによって両足を失い、結局は人生を復讐に生きることになってしまいました。
運の良し悪しもあるでしょう。しかし、類は友を呼ぶという言葉もあります。少なくとも自分がそうあれかし、と思う人間であるように努力をしていれば、きっと周りにもそういう人たちが集まってきます。少なくとも、そうでない輩が寄ってくるリスクを減らすことができます。人のことを言う前に、まずは自分のことをしっかりと見つめ直して、我がふりを直していくことが何よりも大事なことなのかも知れません。