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松本大洋を読む - 至福の読書体験

私が好きな漫画家は誰かと問われれば、1人は大友克洋、もう1人は江口寿史、そして3人目は松本大洋です。それぞれ絵柄もストーリーのテイストも異なりますが、絵が抜群に上手いという点では共通していると思います。

今日はこの中でも松本大洋についてお話しいたします。というのも、最近彼の作品を4作まとめて読んだからです。きっかけはなんだったっけかな……確か、YouTubeか何かで、又吉直樹が松本大洋が好きだと言っていたのを観たことだったような気がします。

最初に読んだのはご存知の方も多いであろう『ピンポン』。1996年から1997年まで週刊ビッグコミックスピリッツに連載されていました。いわゆるスポーツ漫画で、卓球を題材にしたものです。

ペコとスマイルという2人の少年を中心にインターハイで全国を目指す選手たちの青春(という言葉では要約できないのですが)を描きました。ヒーローの登場を待ち続けるスマイルがラストに見せる笑顔の素敵なこと。私も子供の頃、何歳までかはきっとこんな笑顔をしていたんじゃないかなと思います。

次に読んだのは『鉄コン筋クリート』です。1993年から1994年に執筆された松本大洋の出世作ですが、不思議なテイストの漫画で、人によって好みが分かれるかもしれません。バットマンのゴッサムシティを思わせる宝町に住む2人の少年が主人公です。

ネコと呼ばれる浮浪少年であるクロとシロは、不思議な絆で結ばれています。それが何であるのかは最後に明らかになるのですが、それまでは少し頭の足りないように見えるシロと親分肌のクロが自分たちの町をヤクザや怪しい組織の連中から守るべく戦う様子が描かれます。

最初は顰めっ面を恐らくしながら読んでいた私も、ラスト近くの伝説のイタチの登場からの怒涛の迫力には圧倒されました。そして、イタチの正体と、シロの存在する意味。それが分かった時、私は泣いていました。『ピンポン』の時とは違う種類の涙でした。

3冊目は『花男』。これは1991年から1992年に執筆されたものですから、『鉄コン筋クリート』よりも前なんですね。両親が別居していて、母親と共に暮らしている小学生の男の子が主人公です。

父親がぶっ飛んだ人で、30歳を過ぎても巨人軍で4番を打つという夢を追い続けています。実際野球の実力はあるようなんですが、行動が小学生並みで、優等生の息子の方が大人のようです。そんな主人公を無理やり父親と暮らさせて、人として大事なものを取り戻させようとする母親の企みで、彼の人生はハードボイルドの世界からドタバタ喜劇の舞台になってしまいます。

読みながら、山田洋次監督の『男はつらいよ』シリーズを思い出していました。この父親は寅さん。息子はさくらでもあり、博でもあり、さしずめ母親はマドンナでしょうか。御前様かな?

最後に読んだのは『東京ヒゴロ』です。これが一番最近の作品で、2019年から2023年にかけて描かれました。これがまた上記の漫画とは全くテイストが違っていて、感情をギリギリまで抑制してストイックなタッチで、全編なんともいえない悲哀とペーソスと、ユーモアに満ちています。

主人公は漫画の編集者で、自分の企画がポシャってしまい出版社を辞めますが、それでも漫画への想いはつのって、かつて担当した漫画家、筆を置いてしまった漫画家やとうに盛りは過ぎてしまった漫画家、でも彼は才能があると信じていた作家たちに声をかけて新しい雑誌を刊行しようとします。

この漫画は、それこそ又吉直樹の小説に似ていて、人間を徹底的に描き切ろうという作者の意図を感じます。人に興味がなくて、できるだけウェットな世界からは距離を置こうとしている私の弱さ、意気地なさに、その傷口に直接触れてくるような、そんな感覚を味わいました。意外なことですが、それが嫌ではないのですよね。むしろ、心地よい。決してそんな姿は人には見せられないけれど、真っ暗な閉め切った部屋でならそれも許せてしまうような。

松本大洋はやはり言語化することの難しい、でも確実に何かを心の中に遺していく、それももしかすると人生も変えてしまうかもしれない、そんな漫画家であることを改めて思い知らされた数日でした。至福の日々でした。ありがとうございました。

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