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海外アートゲームシーンで静かに広がる開発ツール「Decker」の世界——シュールな見た目に留まらない、HyperCardの流れを汲むミニマルゲーム開発に向いたツール

広大なインターネットの世界には、ゲームを制作するためのさまざまな開発ツールが公開されている。UnityやUnreal Engineなど代表的なゲームエンジン以外にも、プログラミングの知識を深く必要とせずともゲームづくりを可能にするものは多く、独自の形式や制約の中からクリエイティブな表現が生み出されることも少なくない。本記事ではそんな開発ツールのひとつであり、アートゲーム的な手法とも親和性が高いDeckerについて、作品の具体例とともに紹介していく。

執筆 / ドラゴンワサビポテト
編集/ 葛西祝

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DeckerはInternet Janitor名義で活動するプログラマーのジョン・アーネスト氏によって、2022年10月にitch.ioで公開されたWindows、Mac、Linuxの各OSに対応する開発ツールだ。

オープンソースのソフトウェアとしてGitHub上でソースコードを公開しながら日々アップデートが続けられており、利用者はMITライセンス(※)のもと作品をつくりブラウザ上やダウンロード型など好みのスタイルで発表することができる。

※マサチューセッツ工科大学を起源とする代表的なオープンソースライセンスのひとつ。著作権表示と本ライセンスの全文を記載する条件のもと無償かつ無制限の再利用を認める、極めて自由度の高い内容となっている。

本ツールの特徴としては、旧Mac OS向けのカード型データベースであるHyperCardのフォーマットを強く意識している点が挙げられるだろう。カードを模した長方形の画面内に画像やテキスト、ハイパーリンクなどを配置してシーンを遷移していく構造や、ボタンや表組みといった各種プリセットパーツの存在、ペイントツールで絵を描いたりできるところもHyperCardを踏襲している。インタラクションを通じて任意のタイミングで効果音やBGMを鳴らすことも可能だ。


一方Deckerならではの部分では、1ビット型の色数を抑えた緻密なグラデーションによるアートスタイルを基調としている点が大きい。

ここにもHyperCard本家をリスペクトした要素がうかがえるが、Deckerではツール上で画像を読み込んで1ビット風に加工する機能も実装されており、どこかシュールさを備えた印象強いビジュアルを簡単な操作で実現できる。近いところでは、ルーカス・ポープ氏による『Return of the Obra Dinn』のグラフィックあたりがイメージしやすいだろうか。スマホで撮影した写真などの素材も容易に取り込めるため、作者の日常や生活を反映したzine的な作品も多い。

また、Lilという独自のプログラミング言語によるカスタマイズ性の高さにも触れておきたい。Lilを用いたスクリプトにより、計算式や特定のアクションに対するレスポンスを柔軟に設定することが可能だという。さらに細かい点では、Deckerはタッチスクリーンでの動作にも対応している。こちらも現代的なデバイスに対応した仕様と言えそうだ。


Deckerではどんなゲームが作られているのか?

それでは上記の特徴を踏まえながら、Deckerで制作されたゲーム作品を見ていこう。

『cziczi』——高熱の時に見る夢のようなナンセンス体験

作者自ら「plasticine fever dream(粘土風の素材でできた高熱の時に見る夢)」と謳うポイント&クリック形式の本作は、まさにナンセンスな夢のごとき不可思議な体験へとプレイヤーを誘う。2階建ての家を探索し、月の視線を感じながらベッドに入ったかと思えば、異様に大きなネズミが待ち構えているなど予想のつかない展開が終始続く。

外へ飛び出せばコンサートホールでビートに乗せてシンセサイザーを演奏したり、美術教室でドローイングをしたりと、Deckerの基本的な機能がさまざまに活用されている点でも手始めに触れておきたい作品と言えるだろう。



『The Ocean View from the Keiyo Line』——出先で撮った写真で作る私的な旅情の記録


京葉線の電車で東京から千葉方面へと向かう、作者が実際に撮影した写真をもとにした短編ビジュアルノベル。物語を500ワード以内の単語数に収めるゲームジャム「Neo-Twiny Jam」において制作され、2種類のマルチエンディングが用意されている。

途中でふと見えた海に行くかどうかの分岐が発生するものの、筋運び自体は直線的でDeckerをシンプルに使った体験型のフォトジャーナルとでも呼びたくなる一作。前述の『cziczi』とは異なり、旅先で揺れる心の機微を味わうパーソナルなストーリー描写は、本ツールがもたらす表現の幅の広さを示している。



『Deckerware - Eggbug Party Games』——動かして遊べるプレイフルなミニゲーム集

Deckerではアクション要素の強いパーティーゲーム風の作品も制作できる。「メイド イン ワリオ」シリーズを模した本作では、制限時間内にすべての風船を割ったり並べ替えパズルを完成させたりといったミニゲームの数々が楽しめる。アイデアしだいではこうしたテンポよく躍動感あふれる使い方も可能なようだ。



以上、それぞれに切り口の違う3作品を通してDeckerの概要を俯瞰してきた。itch.ioにおいて「decker」のタグで検索をすると、本記事の執筆時点では約90件の作品がヒットする。中には同タグが適用されていない作品も確認されたが、本ツールを用いたゲーム制作シーンのおおよその規模感が伝わればと思う。


さらに実験的なゲーム開発も活発に行われるツール


今回紹介することは叶わなかったものの、OXY氏やMindApe氏などDeckerで実験的な作品を旺盛に発表しているアートゲーム的な作家も少なくない。OXY氏の『バスケットボール Théorie Pratique sur Ensembles Aléatoires』はitch.ioの公式YouTubeチャンネルでも紹介されるなど、プラットフォーム側からも注目を集めている。


『Pet the Cat』


『I love me, I love me not…』


Decker製の作品はビジュアル面での特徴から、やや不気味なものが目立つ傾向も感じられるが、ペットのネコを撫でて満足させてあげる『Pet the Cat』や花占いをする『I love me, I love me not...』のような愛らしいゲームもある。


『Present』

これまで挙げた作品はいずれも英語によるものだが、日本国内でもゲーム開発者のあうぐ氏が日本語でプレイ可能な短編作『Present』を公開している(肉体の損傷や精神的な不安を想起させる描写が含まれているため、触れる際は注意されたい)。

なお本ツールの生みの親であるアーネスト氏は、Decker製作品のゲームジャム「Decker Fantasy Camp 2024」を主催するなど、使用を促すコミュニティへの普及活動にも積極的だ。ツールの活用についての情報発信やDecker製の関連ツールを自作したりと、多岐にわたる取り組みを行っているため、創作に興味があればカードを一枚つくって試してみるのもいいかもしれない。ゲームを身近な表現の手段として考える選択肢のひとつに、いくらかでも役立てば幸いだ。


Decker(itch.io)


ジョン・アーネスト氏公式サイト



ドラゴンワサビポテト
YouTubeチャンネル「ねこかにクラブ」でインディーゲームの紹介などをしています。ゲームライターとしても活動。「Find Nice Games」というサイトの運営も始めました。
●Twitter:@dashimaruJPN@nekokaniclub@findnicegames


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