両目洞窟人間ビデオゲーム “感応”小説集 ・Inspire 4『どこでもいっしょ』
執筆・写真 / 両目洞窟人間
企画・編集・ヘッダーデザイン / 葛西祝
『すなぎもちゃん387』
「逆に聞くが、貴様にとって、すなぎもちゃんってなんだったんだわゃ」
電話の向こう、鈴を転がすような声で問われる。
僕は窓の向こうを目をやっているが、何も見ていない。
僕は口を開く。
「僕にとって、すなぎもちゃんは、」
2008年、高校二年の冬の終わり、深夜2時45分。
これが僕とすなぎもちゃんとの最後の会話だった。
2005年、中三の僕はすなぎもちゃんと暮らしていた。
すなぎもちゃんは白ねこのような白いぬのような、どちらにも見える姿をしていて、当たり前のように言葉を喋り、二足歩行で歩き、僕の家、廣井家で家族のように暮らしていた。
すなぎもちゃんを飼った覚えはない。
「パパさん、お仕事お疲れ様ですわゃ!ママさん、ご飯美味しいですわゃ!パパさん、お酒は下戸なんで飲めないんですわゃー!ママさん、おかわりわゃー!」すなぎもちゃんは言う。
ある日、すなぎもちゃんは突然やってきて、いつからか当たり前のように居候していたのだ。
「貴様。何年生で何部だったけわゃ」
「貴様って」
すなぎもちゃんは家族で僕のことだけ「貴様」と呼ぶ。
「親愛のしるしなのわゃ」とすなぎもちゃんは言う。
僕はむっとする。でもそれをすなぎもちゃんには言わない。
すなぎもちゃんはどんぐりまなこで、顔だけ見ればとても可愛かった。
けども口が悪い。
鈴を転がすような声で悪態をつく。
「貴様、そんなの食べるなんて、死に急ぐようなもんだわゃ」僕がカップラーメンを食べているとそう言う。
「貴様の言う忙しいなんて、クソみたいなもんなのわゃ」僕が忙しいと言うとそう言う。
「貴様、世界の終わりみたいな顔をするわゃ」と僕が片思いの女の子にフラれて落ち込んでいたらそう言う。
そんなすなぎもちゃんのことが苦手だった。
でも憎たらしいくらいにすなぎもちゃんは可愛かった。
あまりにも可愛くて、たまにノートの端っこにすなぎもちゃんの落書きを描いてしまう。 すなぎもちゃんは顔と声だけは可愛いのだ。
僕の部屋で眠るすなぎもちゃんの寝顔はとても穏やかでかわいらしい。
「すぴーすぴー・・・・・・貴様・・・・・・貴様め・・・・・・すぴーすぴー」
寝言でも僕はなじられていて、なんだこいつと思うけども、寝顔は可愛くて複雑な気持ちになる。
その寝顔を携帯のカメラで撮る。
「なんわゃー。写真は1枚1000円撮るわゃー」とすなぎもちゃんは寝言を言う。
僕は深夜ラジオが好きだった。テレビよりもラジオの方が面白いと思っている。
真夜中、好きな芸人のラジオが始まる。
漫才をするようにフリートークをし、コントをするようにリスナーからのメールから話を広げていく。
その世界に僕は魅了されていた。
好きな深夜ラジオがある日は、真夜中にこっそり起きて、僕は窓際に行きよく電波が入るようにして、ラジオを聞く。
近くで寝ているすなぎもちゃんに聞こえないようにイヤホンは忘れない。
ラジオを聞きながら、窓から向こうの景色を見る。
ほとんど明かりの消えた団地が並んでいる。
時折、ラジオが面白くて僕はくすっと笑ってしまう。
その笑い声に反応して「すぴーすぴー・・・貴様、何を笑ってるのわゃ・・・すーぴーすぴー」と言う声が聞こえるけども、気にしない。
深夜ラジオを聞いてる時間だけは僕のものだ。
一度、家族とすなぎもちゃんで近所の公園に行ってピクニックをした。
「ママさん!とてもお弁当おいしいわゃ!ありがとうなのわゃ~」
「すなぎもちゃんは本当に素直に感想を言うわね~」母が言う。
「お弁当を食べ終わったらキャッチボールなんてどうかな。息子がやってくれなくてね」
父とすなぎもちゃんがキャッチボールをしている。
僕はそれをちらっと見ながら、携帯をずっといじってる。
「貴様、パパさんとキャッチボールくらいするわゃ」
僕はそれを無視する。
家族と一緒にいるのがなんとなく恥ずかしい。
とぼとぼ公園を歩いていると遠くからすなぎもちゃんの笑い声が聞こえる。
わーゃわゃわゃという笑い声だった。
「というわけで、お世話になりましたわゃ」
ある日、すなぎもちゃんは突然家を出て行くと言い出した。
「突然だわねー」母が言う。
「おい貴様。可愛いすなぎもちゃんがいなくなったからって鬱になるんじゃないわゃ」
「鬱になんかならないよ」
すなぎもちゃんはわーゃわゃわゃと笑う。
「貴様、元気でいるんだわゃ」
すなぎもちゃんが家に戻ってくることはなかった。
2006年の春、僕は高校一年生になって、いよいよテレビを見ずに深夜ラジオばかりを聞いている。
すなぎもちゃんがいなくなって、僕は深夜にイヤホンもせず堂々とラジオを聞く。
ラジオが一番面白いと僕は思っている。
いつものように深夜、電波がよく入る窓辺で好きな芸人のラジオ『風来松のオールナイトニッポン』を聞いている。
「俺さ、子供いるじゃん。だから、朝の子供番組見てるんだけど。なんていうんだろ。最近さ、いぬかねこ、もしくはたぬきみたいなやつが出てきてさ」風来松のツッコミが言う。
それを聞いて、僕の脳裏にはあのすなぎもちゃんが過ぎるけども、いやまさか。
「何?アニメの話?」風来松のボケが言う。
「いや本物で。スタジオにいるんだけども、それがやばいの。子供番組なのに悪態とかめっちゃ付いててさ。シリル・アビディかよって」ツッコミが言う。
「K-1のマルセイユの悪童ね。今すごいスピードでリスナー置いてけぼりにしてるんじゃないですか?」ボケが言う。
「がはははは!でも本当、悪態つきまくってて、毎朝めっちゃひやひやする。けども、めっちゃ面白い。あれはすごいわ」ツッコミが言う。
だって、さすがにあのすなぎもちゃんじゃないよね、ねえ。
「廣井くん。ノート見せてくれない?」隣の席の緒川さんから頼まれる。
緒川さんは授業中よく寝ている。そのせいで、板書を書き写せないまま、授業が過ぎてしまう。
「いいよー」僕はノートを渡す。
「ありがとうー。私、0時には寝てるんだけども、それでもとにかくずっと眠たくて。なんでだろう」緒川さんはノートを受け取り、居眠りしていた時に外していた眼鏡をかけなおす。
「さあ、わかんない」僕は言う。
緒川さんがノートを開いて、写していく。「わかんないよねー。私がわかってないこと、廣井くんがわかってたら、こんなに眠たくならないもんねー。あ、」
緒川さんはノートの端っこの僕の落書きを指さす。
すなぎもちゃんの落書き。
「これかわいい。廣井くん、落書きとか描くんだね」
「ほら、僕も授業中、なんか退屈で、つい」
「これ、ねこちゃん?わんちゃん?」
「どっちっていうか、まあ、うん……」
「うちも動物飼ってたよ」
「そうなんだ」
「でも、ちょっといろいろあってね」緒川さんは苦笑いをする。「いや、全然、そんな重たくない話だし。うちのも、よくこんな顔してたなって」と僕の落書きを指さす。
どんぐりまなこ。
「それで思い出しちゃった」緒川さんは笑う。
その時、歯につけている矯正器具が見える。
卓球部の練習が終わって、家に帰ると、母が「ちょっとさ~」と手招きをする。手にはビデオのリモコンを持っている。
「あのね、朝たまたまテレビを見てたら、ちょっと凄い番組やっててね」
「凄い番組?」
「その番組が凄いというか、出ている人、人っていうか、とにかく凄くて」母はそう言って、ビデオの再生ボタンを押す。
それは番組の途中からの録画で、どうやら旅番組みたいだった。
「今日はどんな人や街、そして食べ物と出会えるんでしょうか~。さっそく行ってみましょう」
そのナレーションの後、街中を歩いているのはねこともいぬともとれない生き物だ。
「こんなところに団地があるんだわゃー。築年数凄そうだわゃ」そう言ってその生き物がカメラに振り向く。
どんぐりまなこ。
かわいい顔と声。
「あー!すなぎもちゃんだ!」小学生に声をかけられている。
「貴様ら、下校中わゃ?」手を振るすなぎもちゃん。
「すっげすなぎもちゃんだ」「思ったよりも声が大きい」小学生はくちぐちに言う。
「すなぎもちゃんがテレビに出ている・・・・・・」僕は言う。
「ね、びっくりじゃない?」母が言う。
「っていうか、なんで?」
「そういう流行りとかはあんたの方が詳しいんじゃないの?ほら、ラジオ好きじゃない」
「いや、全然知らなかった・・・」
テレビの中のすなぎもちゃんはラーメンをすすっている。
「うまいわゃー。大将、星三つわゃ!」
テレビの中のすなぎもちゃんはあのかわいらしい顔で、ロケを回しに回している。
「今日のゲストはすなぎもちゃんでーす」風来松のツッコミが紹介する。
「はいわゃー。フリーのすなぎもちゃんですー」
「え、すなぎもちゃんってフリーなの?今、めっちゃ声かかってんじゃないの?」風来松のボケが聞く。
「いやいや。まあ10社ほどからわゃ」
「でかい公共事業の競売くらい声がかかってんじゃん」風来松のツッコミが言う。
「わーゃわゃわゃ」笑い声が聞こえる。
あの鈴を転がすような声。
僕を「貴様」と呼んでいたあの声と同じだ。
僕の好きな芸人のラジオ『風来松のオールナイトニッポン』にゲストで出ているすなぎもちゃんはどうやらあのすなぎもちゃんみたいだ。
「なんで子供番組に出始めたの?」ツッコミが聞く。
「ちょっとした縁みたいなのがありまして、それで出ることになったんだわゃ」
「へーじゃあ大抜擢なんだ」ボケが言う。
「で、あの大回し。俺が猿だったら逆立ちしてるくらい回してるわ」ツッコミが言う。
そのあとも、すなぎもちゃんは色々とトークをしていく。
「で、ずっと貴様って呼んでた人が、メキシコの麻薬カルテルのボスだったんだわゃ」
「がはははは!なんだよその話!M.ナイト・シャマランの映画くらいラストで驚いたわ」ツッコミが笑いながら言う。
「すなぎもちゃん、凄いね。まだ売れるんじゃない」ボケが言う。
すなぎもちゃんの勢いは凄まじい。
トーク番組で勢いのある新人として紹介される。
ドッキリで落とし穴に落とされ、別の番組では食事の値段を予想するもまさかの大誤算をし、別の番組では大御所のお笑い芸人から車を買わされ、別の番組では大御所占い師から「あんた地獄に落ちるわよ」と言われる。
朝の情報番組に、クイズ番組に、ネタ番組に、料理番組に、旅番組に、CMに。
いわゆるバラエティを一周するという状況だ。
葉加瀬太郎のバイオリンが鳴り響き、"すなぎもちゃん"と手書きで名前が書かれる。
『情熱大陸』だ。
「すなぎもちゃん。職業、すなぎもちゃん」とナレーションが入る。
数々のバラエティに出ては笑いを取るすなぎもちゃんの密着映像。
番組の終盤、すなぎもちゃんはタクシーの後部座席でカメラを向けられている。
「この売れている状況についてどう思いますか?」
「たまたまわゃ。あっという間に私は忘れ去られるわゃ」
「すなぎもちゃんは謙遜する・・・・・・」というナレーションが入って、バイオリンが鳴り響く。
僕はリモコンの一時停止ボタンを押す。
すなぎもちゃんはどんぐりまなこでカメラを見つめている。
このすなぎもちゃんが、本当に僕らと暮らしていたすなぎもちゃんなのが不思議で仕方ない。
僕の手の届かない場所にあっという間に行ってしまった。
2007年の春、僕が高校二年生になった頃、ラジオで『すなぎもちゃんのオールナイトニッポン』が水曜深夜1時に始まる。
「午前1時になったわゃー。すなぎもちゃんわゃー。貴様ら起きてたかー」鈴の転がすような声が聞こえてラジオが始まる。
「で、そのクソプロデューサーが本当終わっててわゃ~!」
今週あったことを悪態をつきながら喋るフリートークゾーン。
「ラジオネーム:ポップボッタクリ。"おい! すなぎも! いい加減に公共料金を払えよ!"。ほらまたこういうメール来るじゃんか!本当クソリスナーばっかわゃ!」
僕は半信半疑で聞いている。
家にいたほぼ家族みたいな存在がやっているラジオ。
それが面白いわけがないと思って聞き始める。
でもそれがちゃんと面白い。
気がついたら毎週聞いている。
なんならMDに録音もする。
それを繰り返し登下校でも聞くようにもなる。
すなぎもちゃんのラジオを録音したMDがどんどん溜まっていく。
次々届くリスナーからのメールには悪態をつき、時には笑い転げ、話題を広げる。
それだけじゃない。
毎回、趣向を凝らしたことをすなぎもちゃんのラジオはやる。
フリートークで2時間やりきる回もあれば、リスナーを巻き込んでラジオコントをする回もある。
リスナーと熱く電話で話す回もあるし、しっとりいい選曲だけで聞かせる回もある。
面白くて過激で馬鹿馬鹿しくて同時に誠実さも感じるそのラジオは瞬く間に人気になり、すなぎもちゃんは一過性のブレイクタレントから、熱心なファンがいるラジオスターになっていく。
夏になった頃。
年度が変わったのに、緒川さんとはまたクラスが一緒で、また席が隣同士になった。
「なんかすんませんねえ」とお互い言い合う。
数日経ったある日、緒川さんは僕が持ってるMDを指さし「あっ!」と言う。
「え、あ、これ?」僕が持ってるそのMDのラベルには『すなぎもちゃんのオールナイトニッポン』ってタイトルといつ放送したかの日時が放送回が書かれてある。
「もしかして、すなぎもちゃんのラジオの録音?」
「そうだけど、興味あるの?」
「めっちゃある!やってるのは知ってるんだけども、1時からなんてまじで起きれなくて」
「じゃあ、貸そうか?」
「え、いいの?大事なもんじゃないの?」
「大丈夫だよ。ちょい、きしょいことを言うと、初回からほぼ全部録音してあるし」
「あ、きしょいね。でも、いいじゃん。まめって感じで」緒川さんはMDを受け取る。「じゃあ、お礼に、いや、お礼っていうか、まあ、ここだけの話なんだけども」緒川さんはそう言うと僕の耳に顔を近づける。ちょっとどきどきする。
「すなぎもちゃんさ、私の家にいたんだよね」緒川さんは小声で言う。
「えっ!?」僕は大きな声を出してしまう。
「僕の家にも昔いて・・・・・・」
「えっ!まじ!?」緒川さんも大きな声を出す。
初めて緒川さんと昼食を食べる。人通りの少ない4階の屋上に出られる扉(施錠中)の前に座り、僕らはお互いのすなぎもちゃん情報を交換する。僕は母が作ってくれたお弁当を食べている。緒川さんはナイススティックを食べながら、時折いちごオレを飲んでいる。
情報をまとめるとこうなる。
・すなぎもちゃんは白ねことも白いぬとも取れる見た目で、目はどんぐりまなこで当たり前のように喋って(鈴を転がすような声)、当たり前のように二足方向で歩いていた。
・語尾は「わゃ」。
・中三の頃、突然やってきた。
・当たり前のように家に馴染んでいた。
・なんか「貴様」と呼んできた。
・でも顔がかわいいから失礼な言葉も許してしまった
・家では普通に生活をしていた。それこそ一緒にご飯を食べたり、出かけたりしていた。
・一年くらいしたら突然いなくなった。
・その後の消息は全くわからなかった。
ここで大事なのはすなぎもちゃんがお互いの家にいた時期だ。
「廣井くんのところにいたのが中三で」
「緒川さんのところにいたのも中三・・・二年前かー」
「これってどういうこと?」
まず仮説を立てる。
すなぎもちゃんがお互いの家を行き来していたと言う説。
しかし僕らの家は結構離れている。
電車で行き来しても1時間はかかるくらいの距離だ。
「そんな遠くから来てるんだ」僕は言う。
「あんまり知り合いのいない高校に行きたくて」緒川さんは言う。
仮に僕と緒川さんの家を行き来していたら、その距離を移動していたことになる。
でも家にいたすなぎもちゃんにそんな様子はなかったように思える。
「私の家だと毎日、20時に晩ご飯一緒に食べてたんだよね」
「僕の家もそう」
「一緒だ、じゃあ無理じゃん」
次の仮説。
すなぎもちゃんは同姓同名二匹いる。
すなぎもちゃんAとすなぎもちゃんBだ。
同性同名の二匹いれば、別々の家に住み、同時に晩ご飯を食べることだって可能だろう。
けれども、あのテレビやラジオに出ているすなぎもちゃんはどうなってくるだろう。
「緒川さん、正直、今テレビやラジオに出ているすなぎもちゃんは僕の家にいたすなぎもちゃんにしか思えないんだ」
「廣井くん、私も自分の家にいたすなぎもちゃんだって思うよ」
「喧嘩したいわけじゃないよ。二人とも、あれは自分の家にいたすなぎもちゃんだって思ってるってことでしょ」
「うん」
「じゃあ、どういうこと?ご飯食べたのに頭全然回らないんだけど」緒川さんは言う。
「こっちも」
さっぱりわからない。
「すなぎもちゃんってどんな感じだった?」僕は緒川さんに聞く。
「どんな感じ……あ、一度だけなんだけども、すなぎもちゃんが泣いてるのを見たことある」
「え?」
「家族でテレビでやってた映画を見たときなんだけども、終わって面白かったねーってすなぎもちゃんを見たら、物凄く泣いてたよ」
「すなぎもちゃんが?」
「うん。凄く。でも泣いてるのはあれ一回だけだったな」
「なんて映画だったの?」
「海外の、なんか有名な人が出てるやつなんだけども、でも泣くようなやつじゃなかった気がする」
「すなぎもちゃんって泣くんだ」
「廣井くん、泣いてるの見たことない?」
僕の知らないすなぎもちゃん。
「うちの旦那が全然家に帰ってこないんです……もしかして浮気されてるんでしょうか」
「あーそれわゃ、それは十中八九、浮気だわゃ。貴様、残念だわゃ」
緒川さんの言ったことがひっかかりつつも、その週もいつものようにすなぎもちゃんのラジオを聞く。
人生相談のコーナーでは旦那に浮気されてるかもという主婦リスナーの電話に、すなぎもちゃんがその相談に乗っていた。
「諦めて、別の男、探したらいいのわゃ……。うん、別の電話が入ってる?ちょっと繋いでみるわゃ。もしもし、もしもーし」
「……旦那です」
急展開だ。
「なんで、家に帰ってこないのわゃ?浮気してるのかわゃ?ほらラジオで言っちゃうのわゃ」
「実は、俺は、テロ対策ユニットCTUの捜査官です」
「わゃ!?」
「アメリカを守るためには必要な嘘なんだ。今、そのラジオブースにもテロリストがいる。本当にすまないと思う」
僕はあまりの展開に興奮している。なんだ今日の回は。
「誰がテロリストなのわゃ・・・ディレクターの岩ちゃんなのわゃ?それとも鬼村プロデューサー?それとも……」
「……僕がテロリストです」
「なんでなのわゃ、構成作家の神ちゃん・・・!」
「裏番組からの刺客だったんです」
「そんなあの”JUNK”からの刺客だったなんて、神ちゃん・・・・・・」
「さあ、殺すなら、殺せよ」
「う・・・う・・・うわゃ、うわゃー!」すなぎもちゃんは神ちゃんを射殺。
「なんで、なんで、こんなことに・・・!うわゃうわゃうわゃー!!」
神ちゃんの死体を抱え泣き叫ぶすなぎもちゃん。
そこに突如、『世にも奇妙な物語』のテーマ曲が流れ始める。
すなぎもちゃんは突然ストーリーテラーな喋り方をする。
「浮気していると思っていた旦那は捜査官で、信頼していた構成作家はテロリストでした。私たちは知っているつもりでも知らないことはまだまだ沢山あるのです・・・・・・じゃあ一曲聴いてもらいましょう、ナンバーガールで『I don't know』」
音楽がぎゃんぎゃんとなり、ナンバーガールのボーカルの人の叫びのような歌声がラジオから聞こえてくる。
結局、最初から仕込みまくっていた2時間丸々ラジオコントという回だった。
海外ドラマを思わせる展開の多さに、僕は深夜興奮している。
けども同時にすなぎもちゃんの言葉がひっかかっている。
"私たちは知っているつもりでも知らないことはまだまだ沢山あるのです"
放課後「廣井くんちょっと来てくれない?」って緒川さんに言われたので付いていった先はパソコン室だ。
緒川さんが適当なパソコンの電源を入れる。
「この前の回のMDありがとうね。構成作家の人の演技酷かったねー棒読みも棒読みじゃん」
「あの人、コントになったらいつもあんな感じだよ」
「そうなんだ。また過去回も貸してよ。でさ、他の人の感想が読みたくて、2ちゃんねる見たんだよね」
「緒川さん、2ちゃんねる見るの?」
「あ、たまにだよ。それで、すなぎもちゃんの番組のスレッドがあって」
インターネットエクスプローラーを立ち上げて、2ちゃんねるのラジオ番組板の『すなぎもちゃんのオールナイトニッポンpt35』ってスレッドをクリックする。
「だいたいは番組の感想でいっぱいなんだけども、あ、たまにいるアンチは無視して。そんで、その中にこれ」
そのリンクをクリックすると、ビールのジョッキを持って親指を立てているすなぎもちゃんの写真が出てくる。
「えっ」
フラッシュバックする。
下戸なんでお酒飲めないんですわゃー。
「廣井くん、この後読んで」
「"すなぎもちゃんってお酒飲めるの?"、"飲めるだろ、深夜ラジオやってんだぞ"」
「廣井くん、もっと先」
別のリスナーからの投稿だ。
リンクがあり、それをクリックすると、すなぎもちゃんの寝顔の写真。
「あっ」と叫んだ僕はいつの日か撮ったすなぎもちゃんの寝顔を思い出している。
「どうやら、この二人もすなぎもちゃんと住んでたみたいなんだよ」緒川さんが言う。
「また二年前だ。僕らが中三の頃だ。一緒の頃じゃん」
「すなぎもちゃんと一緒に住んでたのは、私らだけじゃないんだね」
「そうみたいだね・・・・・・」
スレッドをさらに読んでいく。
でもそのあと、別に情報が出てくるわけでもない。
たまに2ちゃんねる見ても何か新しい情報が出てくるわけでもない。
僕はすなぎもちゃんのラジオを面白く聞いてるし、同時に妙な居心地の悪さも感じ続けている。
この感覚をなんて言えばいいかわからない。
でも一緒にすなぎもちゃんと住んでいた時間の記憶がなんとなくゆがんでいくような感覚。
緒川さんともすなぎもちゃんって一体なんだろうねと言いながら、録音したMDや過去回のMDを渡して、たまに番組の感想を話したりして、どんどん時間が経って、気がついたら年を越して2008年になって、寒いなーもう今年は高三か受験やだなーとか考えつつ、肉まん買おうとコンビニ入って、並んでいる雑誌を何気なくみる。
『すなぎもちゃんの元恋人が本誌独占告白!』
『女性自身』の表紙にでかでかと書かれている。
反射的に『女性自身』を手に取り、その元恋人のインタビューページを探す。
何ページがめくっていくと目線に黒線が入った男性とこたつでみかんを剥いているすなぎもちゃんのツーショット写真が目に飛び込んでくる。
僕はちょっとだけほっとしながら、雑誌を閉じる。
けれどもこれで五人目だ。
共通することが沢山ある。
二年前、一緒に暮らしていた。
性格は共通している。
顔と声はかわいい。
だけど少しずつ違いがある。
映画を見ていて泣いていたこと。お酒を飲むこと。恋人(?)がいたこと。
すなぎもちゃんという存在が段々とわからなくなっていく。
一緒に暮らしていた妙な動物という認識から、何か得体のしれないものという認識に変化しつつある。
すなぎもちゃんを想像すると、あのかわいらしい顔と声が出てくる。
けれどもその顔と身体は徐々に空洞になっていき、最終的に出来上がった巨大な空洞に僕は飲み込まれていく、そんな感覚になる。
この空洞に出口はあるんだろうか?
この空洞の穴を埋めることはできるんだろうか?
すなぎもちゃんを空洞から取り戻すことはできるんだろうか?
全くわからない。
「元彼が出てきたとか言うけども、付き合ってなんかないからわゃ!傲慢だわゃ傲慢!ああいうことを言う奴から地獄に落ちて欲しいわゃー。わゃっわゃっわゃっ」
空洞が毎週ラジオをやっている。
そのラジオはとても面白い。
面白いゆえに、空洞がどんどん際立っていく。
僕はその空洞を恐れている。
その巨大でどこまで続くかわからない空洞を。
「来週はリスナー人生相談スペシャルわゃー!リスナーと電話で人生相談をする二時間わゃ!貴様らー、喋るぞー!貴様らのくそみたいな人生、私に相談するのわゃ!」
これだと思う。
空洞と話すならこれしかない。
僕は携帯を開く。
ラジオの公式サイトにアクセスする。
そしてメールを書く。
絶対に読まれるように、件名にある情報を添えて送る。
「じゃあ、次の相談に行くわゃー。時間的に最後かわゃー。誰にしようかわゃー。・・・・・・わーゃわゃわゃ!あー、こいつ、メール送ってきたのかわゃ。この”二年前すなぎもちゃんと暮らしていた廣井”さんに電話をかけてみるわゃ!」
すなぎもちゃんが電話をかける。
同時に僕の携帯がなる。僕はそれを取る。
「もしもし」
「すなぎもちゃんわゃ!貴様の名前は廣井でいいのかわゃ」
「・・・・・・はい。廣井です」
「すなぎもちゃんとの関係性はメールに書かれている通りかわゃ」
「そうです。二年前一緒に住んでました」
「わーゃわゃわゃ!元家族みたいなもんわゃー!」
元家族と言われて少しどきっとする
「貴様、廣井ってことは、シングルマザーのところだっけわゃ?」
「違うよ」
「あれ、そうじゃなかったかわゃ。パパさん、ママさんはご健在?」
「まあ、そうだけども」
「えーご両親がご健在・・・・・・。じゃあ。なんだっけわゃ、旅行好きでもないしわゃ・・・・・・ああ、ラジオ好きの貴様か!よく窓辺でラジオを聞いてたわゃー」
「そうだよ」
「人の寝顔を勝手に撮るのはよくないわゃ」
「と、撮ってないよ」
「貴様、このラジオを聞いてくれてるんだわゃ。うれしいわゃ。そんで、相談って何わゃ。そんな元家族みたいなもんの私にメールを送るってことはよっぽど辛いことがあるのかわゃ?」
「・・・・・・すなぎもちゃん、あのさ。すなぎもちゃんは何匹いるの?」
「何匹って、一匹だけわゃ。私だけだよ、すなぎもちゃんは。何を言ってるんだわゃ」
「・・・・・・言い換えるよ。二年前。そう、二年前、すなぎもちゃんは"何匹"だったの?」
「・・・・・・」沈黙。ラジオは5秒でも沈黙が続くと放送事故になると聞いたことがある。僕が焦って「あっ」と喋ろうとするとすなぎもちゃんの声が聞こえる。
「387匹」
「えっ」
「合わせると387匹だったわゃ」
「387匹、二年前はそんなにいたの」
「いたわゃ。色んなところにいたわゃ。それこそ貴様の家だろ。あとは独身男性、社会人1年目の女の子、DJにスケーター。警察官に修行僧、麻薬カルテルのボスのところにも。おじいさん、おばあさん。農家にIT社長。核家族に大家族。パイロットに、子供番組のプロデューサーに、メイド喫茶で働いている女の子、バンドやってるやつもいたわゃ」
「そんなに沢山・・・ってことはえーと、一都道府県に8匹くらいはいたってこと?」
「馬鹿。話を聞いてたか。麻薬カルテルが日本にあるかわゃ。全世界だわゃ全世界」
「言葉喋れるの?」
「うん。喋れるわゃ。だってすなぎもちゃんだからわゃ」
「じゃあじゃあ!なんで今は一匹だけなの。その、二年前はその、300だか400匹くらいいたわけじゃん。なんで今は、その、今喋ってるすなぎもちゃんだけなの?」
「それはー。その、話が複雑になるんだわゃ」
「どう複雑になるの」
「うーん・・・・・・じゃあかいつまんで話すわゃ。大きな大きな一枚の紙があるとするわゃ。それが前の状態わゃ。それを折りたたんでいくのわゃ。そういえば紙は6~8回折るのが限度らしいのわゃ。とんでもなく大きな紙を使ったら12回くらい折りたためるらしいけどわゃ。それ以上折りたたむのは無理なのわゃ。どんな紙でも。けども私は12回以上折りたためる紙なのわゃ。折りたたんでとんでもなく大きくなった一つの紙なのわゃ」
「・・・・・・どういうこと?」
「わゃー!だから言いたくなかったんだわゃ。ややこしいって言ったわゃ。とりあえず折りたたんだから、今は一匹なのわゃ。貴様はそれだけ頭に入れてたらいいわゃ」
「その・・・・・・全部折りたたむ前の、一枚の大きな紙だった頃のことは全部覚えてるの?」
「勿論わゃ。全部覚えてるわゃ!まあ、少々、記憶を引き出すのに時間はかかるけどわゃ。だいたいは覚えてるわゃ」
「緒川さんって覚えてる?」
「あーえー。どんな特徴、どんな特徴なのわゃ」
「えーと、めがねかけてて、矯正器具つけてる女の子がいる家庭」
「そんな少ない情報で……あ、あ、あー!覚えてるわゃよ。月に一度はたこ焼きパーティする家だわゃ」
「緒川さんの家で、すなぎもちゃん、映画を見て泣いたって話を聞いたんだけども」
「すなぎもちゃん、泣かないわゃ」
「嘘、泣いてたって言ってた」
「泣かないわゃ。パブリックイメージもあるのわゃ」
「パブリックイメージとかどうでもいいだろう!泣いてたかどうかじゃないんだって、何の映画で泣いたかを聞いてるんだって!」
「大きい声を出すなよわゃー!なんでそんなに私が泣いてたかどうか気になるのわゃ!」
「それは、僕の、・・・・・・僕らの前では泣かなかったし、お酒も飲まなかったし、付き合ってる誰かいるってこともなかった。すなぎもちゃんのこと、知ってるつもりだったのに、知らなかったのが、なんか悔しいんだよ」
「・・・・・・本当きしょいな貴様」
「・・・・・・ごめん」
「・・・・・・じゃあ、笑うわゃよ。・・・・・『マトリックス』だわゃ」
「『マトリックス』ってキアヌリーブスの」
「……そうだわゃ。貴様らには到底わからないと思うけども、大きな紙でいることも、折りたたまれた紙になるのも、それなりに大変だったりするんだわゃ」
「・・・・・・」
「それで、すなぎもちゃんのこと、何か知ることはできたかわゃ?」
放送終了後、2ちゃんねるの『すなぎもちゃんのオールナイトニッポンpt67』は困惑している感想で溢れかえっている。
大体の人にはあのやり取りは失敗したラジオコントだと受け取られているようだ。
僕はその書き込みを見て、歯がゆいような、でも同時に安心したような気持ちになる。
でも一件だけある書き込みが目にとまる
「逆に聞くが、貴様にとって、すなぎもちゃんってなんだったんだわゃ」
電話の向こう、鈴を転がすような声で問われる。
僕は窓の向こうを目をやっているが、何も見ていない。
僕は口を開く。
「僕にとってすなぎもちゃんは、嫌なねこ・・・・・・かいぬだった。悪口ばっかり言うし、貴様って呼んでくるし。けども顔は可愛かった。声も好きだった。色んな人と暮らしてたのを知った。・・・・・・だから、もっとすなぎもちゃんを知りたかったなって、いまは思う」
「じゃあ、お時間ですわゃ」
「えっ、ちょっと」
「じゃあ、ここで聞いてもらいましょう、ゆらゆら帝国で"無い"」
電話は切れた。
これがすなぎもちゃんとの最後の会話だった。
次の週、すなぎもちゃんはラジオが終わることを突然告げる。
ラジオが終わって、芸能界をやめて、すなぎもちゃんは本当に消えてしまう。
どこに行ったかわからない。
週刊誌は「すなぎもちゃんはどこに消えたのか!」と書き立てる。「引退直前のラジオで謎めいた発言!」とも。
しばらくすると世間ではまた別の大きなニュースがうまれ、週刊誌の記者もそっちに行ってしまう。
オカルト系雑誌でどうやらすなぎもちゃんを宇宙人として捉えている記事を読んだけど、僕はそれは違うんじゃないかなと思っている
すなぎもちゃんはあくまで喋る白ねこか白いぬだったのだ。
ただ387匹、同時に存在することができたって話なのだ。
すなぎもちゃんはどうしてるんだろう。
また一枚の大きな紙に戻ったのか。
どこか僕らの知らない家庭にいるのか。
折りたたまれたの紙でどこかにいるのか。
どこかをほっつき歩いてるのか。
それとも本当に消えてしまったのか。
全くわからない。
僕は『マトリックス』を借りて見る。
凄く面白い映画で興奮するけども、最後まで見ても、なんですなぎもちゃんが泣いたのかわからない。
一つだけ思うのは仮想現実の世界で何にでもなれるエージェントスミスが、最終的には現実世界の救世主ネオに倒されることだった。
何かそこに自分を重ねたのかもしれないとか思った。
何にでもなれる存在が、圧倒的な存在に倒される。
そんな何かに怯えたんじゃないだろうか。
これは僕の思い過ごしかもしれないけども。
「私ね、すなぎもちゃんって夢だったんじゃないかって思う時がある。380人くらいが同時に見た夢。それがある日、もっと多くの人、それこそ日本中の人が夢見ちゃったんだよ。だから本物になったんじゃないかなって」4階の扉の前で、緒川さんはいちごオレを飲みながらそう言った
「でも夢って覚めるものじゃん。私たちは夢から覚めちゃったのかも」
緒川さんはナイススティックをかじる。
僕はとても大きな空洞になってしまったすなぎもちゃんを想像する。
空洞になりすぎて自分を飲み込んでしまったすなぎもちゃんを。
それと同時にどこかのマンションの一室でご飯を食べているすなぎもちゃんを想像する。
僕はどちらかといえば、空洞よりはご飯を食べてほしいと思う。
「緒川さんって普段はそういう格好するんだ」
緒川さんはなんていうかゴシックロリータの格好をしている。
「あ、私、プライベートはこういう感じで。あと今日はすなぎもちゃんのラジオの最終回だし、正装しなきゃじゃん」
「そうか。普通に普通の格好できちゃった」
「いいんじゃない。全然それで。ラジオ聞くってそういう格好だし」
「それもそっか。緒川さんがそういう格好、ゴスロリって言うんだっけ、そういうのが好きって全然知らなかった」
「まあ言ってないしね。言ってもわかんないだろうし。じゃあ言ってなかったついでで、これ」と髪をかき上げると、耳にめっちゃピアスが空いてる。
「普段、髪で隠してるけども、空けてるんだよね。これも知らなかったっしょ」
知ってるつもりだけども知らないことはある。
僕らは終電で、東京へ向かう。
「今日は眠たくないの?」僕は言う。
「廣井くん、眠眠打破って飲み物知ってる?あれ凄い効くよ」緒川さんはあくびしながら言う。
そして放送局の最寄りの駅に降りる。
すなぎもちゃんのラジオは、最終回なのに湿っぽい雰囲気は一切なく、リスナーとのラジオコント回で終わってしまう。
最初は今までの思い出メールを募集していたのに、気がついたらくだらない世界観を広げに広げて収拾が付かなくなる。
すなぎもちゃんとスタッフ、そして僕らリスナーは笑いに笑う。
場が荒れに荒れる中、すなぎもちゃんが「貴様ら、もう終わり!終わりわゃー!じゃあわゃー!」と叫んで、ラジオは終わる。
僕と緒川さんは放送局近くのファミレスでそれを聞いている。
お互いラジオを持ち寄ってイヤホンでそれを聞いている。
聞き漏らさないように。
一言一句を聞き漏らさないように。
そのファミレスには深夜なのに多くの人がいて、みんなイヤホンをつけている。
最終回が終わって、放送局の駐車場には出待ちのリスナーが集まっている。
多分、100人以上いる。
「こんなに人気だったんだね」僕は言う。
「だってあんなに面白いラジオだったもん」緒川さんは言う。
集まっているリスナーは本当に老若男女が入り混じっている。
この人達が、すなぎもちゃんのラジオを聞いていたのだ。
「貴様らなんだよ!何時だと思ってるんだわゃ!」
すなぎもちゃんの声が聞こえて、歓声があがる。
僕はそれを見たいと思うけども、人が多くて見えない。
すなぎもちゃんは背が低くてこういうとき、人混みに埋もれてしまう。
「もう近所迷惑になるし、あんまり騒ぎすぎちゃだめわゃよ!」
しーんと静かになったあと、リスナーがくちぐちにありがとう、ありがとう、ありがとう-!と叫ぶ。
「あーもうー!うるさいわゃー!貴様らー、普段はクソみたいなメールしか送らないくせに!」
みんな笑う。
タクシーが止まる。
「じゃあわゃー。付いてくんなよー」
タクシーの扉が開き、閉まる音がする。
エンジンを噴かす音。
リスナーたちがまたありがとうーありがとうーありがとうー!と叫ぶ。
緒川さんも「ありがとうー!」って叫んでいる。
僕は何も言えないでいる。
タクシーが進む。
その時、窓から、すなぎもちゃんが顔を出す。
「貴様らー!本当にありがとうわゃー!!」
すなぎもちゃんは僕らリスナーに手を振る。
すなぎもちゃんの、本物の顔を久しぶりに見る。
その顔を見て、僕は本当にかわいいと思う。
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