【アートハウス・ゲーム・シーン】アメリカのプレイフルスペース「LIKELIKE」。改装したガレージで月に一夜だけ現れる実験的ゲームの催し。五感を通じてディープな作品に出会う
エンターテインメントとしての遊戯性を持ちながら、ゲームというメディア表現そのものの可能性を拡張する実験的な作品群の魅力を、リアルな場に集って楽しむムーブメントが世界の各地で起きている。
本記事では、そうした流れの中でも極めてユニークかつ柔軟な取り組みを続けるアメリカのプレイフルスペース「LIKELIKE」について、その多彩な活動の軌跡に迫りつつ紹介したい。
執筆 / ドラゴンワサビポテト
編集 / 葛西祝
住宅地で行われる、作家的なゲームや特殊なアプローチで見せるイベント
外観を彩るポップなグラフィティーアート(4匹のキャラクターたちがコントローラーを手にゲームで遊んでいる)が目を惹く同スペースは、アメリカ・ペンシルバニア州のピッツバーグ市内に位置している。
周囲は閑静な住宅地といった趣きだが、この場所自体がそもそもLIKELIKEを運営するパオロ・ペデルチーニ氏の家のガレージを改装したものである。
ペデルチーニ氏は「モレインダストリア」名義で多数の実験的ゲームを手がける作家のひとりであり、その始まりは今から20年以上も前にさかのぼる。自宅のバスルームでポルノゲームの展示を開いていた活動の延長が、このLIKELIKEに通じているとも言えるのかもしれない。
そんなLIKELIKEを貫くのは「病的とも言えるDIYへの探求精神」だとペデルチーニ氏が自ら語っている。
広さにして7㎡の小規模な空間で、開催するのは毎月の第一金曜日の夜にたった4時間だけ。そんな小規模ながらも、バラエティに富みここでしか味わえない工夫を凝らした試遊型ゲームイベントの数々が、2018年の2月からかれこれ40本以上も催されてきた。
LIKELIKEは特定のテーマを設けた、キュレーションの色が強いラインナップを特徴としている。
分かりやすい例を挙げるなら、立ち上げ初期の第2回目に開催されたFPSを特集する企画「Shoot Not Shoot」にイベントの独自性やコンセプトの片鱗を見出すことができるだろう。
ここではFPSをテーマにしながらも、戦闘を主軸としないお絵描きシューティング『Joy Exhibition』や、銃をビールの缶を発砲で開けるなどダークなユーモア表現の道具として用い、アメリカの銃社会を皮肉った『The American Dream』といった6作品がプレイアブルな状態で展示された。ひとつの企画で扱うゲームは基本的に6本と一貫しており、この数にもキュレーション上の意図がうかがえる。
イベントの写真には作品を囲み談笑する楽しげな来場者の姿が多く見受けられ、「なんだかよく分からないけど面白いね」ぐらいのカジュアルな会話も聞こえてくるようだ。案外そうした接点こそが、ゲームに対する視野を広げるきっかけになり得るのかもしれない。
このほか、グループや作家個人に焦点を当てた企画もある。オランダのクリエイター集団ソックポップ・コレクティブの特集をはじめ、『EVERYTHING IS GOING TO BE OK』をはじめ、ネットアートとビデオゲームを越境する作家ナタリー・ロウヘッド氏などが、これまでに扱われた。
また、デジタルアート的な手法でゲーム表現を開拓し続けるローレン・シュミット氏の作品群を紹介する回も催されている。なおシュミット氏はピッツバーグを拠点とする作家である。地域に根差したクリエイターの活動をピックアップするという意図も、このあたりから感じられるようだ。
さらに「Playing Iran」など特定の国にフォーカスしたものや、バレンタイン(「It’s Complicated」)にワールドカップ(「Sportsball Night」)といった時節にちなんだ多様な企画も設けられている。
イベントで扱うゲームと合わせた、会場で楽しめる仕掛け
だが、LIKELIKEという場の核心を支えているのは、こうした発想の鋭さだけに留まらない。ここで行われる一連のイベントには、スペースの空間としての機能が巧みに取り入れられている。
ビデオゲームを視覚や聴覚以外でも楽しめるような、会場ならではの体験のフィジカル性も重視されている。
同スペースは代表のペデルチーニ氏を筆頭に、わずか3人の小規模なチームで運営されているが、 “Sensory Director”として味覚や触覚などスクリーンの外側にある感覚のデザインを担うヘザー・ケリー氏の存在もイベントの身体性において重要な役割を果たしているのだろう。ちなみに上記の2人はカーネギーメロン大学で教鞭を執る同僚でもある。
特製のカラフルな什器を用いたり(その上にはコントローラーも置かれている)、壁面への映像のプロジェクションといった要素はもちろんのこと、ゲームを展示する枠組みそのものが企画の構成にも有機的かつ密接に絡みあっているのだ。
たとえば直近で開催された「Playing With Food」では食事や料理を題材とするゲームの数々が並べられているなか、イベント当日は会場でケータリングも提供され、飲食に興じながら各作品を遊べるという企画のテーマに合わせた演出も施されていた。
また、犬が主役のゲームを集めた「Citizen Canine」においては、リアルの空間だからこそ実現可能なアイデアがさまざまな方法で盛り込まれている。
なんと飼い犬を連れてくるよう来場者に促し(おやつやトイレも完備と案内)、さらにはペデルチーニ氏の愛犬の身体を舞台にしたボードゲームまでもが用意されるなど(着せたカバーの上に都市を建設するという内容)。果ては室内すらも飛び出し、会場の裏庭に試遊台を設置するといった試みもあったという。
一方、新型コロナウイルスの蔓延によりスペースの閉鎖を余儀なくされた時期には企画の軸をオンラインに移し、bitsyやPICO-8などのゲームエンジンに着目したバーチャルな展示を開催。アバターを通して仮想空間上のLIKELIKEを訪れることが可能な集いの場を、ロックダウン下においてもフレキシブルに維持していた。
スペースを支えるDIY精神と地域性
LIKELIKEが繰り広げる趣向に富んだ取り組みの数々を見てきたが、まだほんの一部にすぎない。インディーゲームなる言葉が今ほど身近でなかった当時の状況を踏まえると、ペデルチーニ氏の創作が商業的な文脈から遠ざかり、独自の表現を研ぎ澄ます方向に進んでいったのも自然な流れだったと想像できそうだ。
ピッツバーグの地域性もまた、スペース運営の背景に大きく関わっている。自宅のガレージを改装してゲームイベントを始めようと思い立ったのも、同市内では比較的安価な物件が多く出回っており、そのひとつを購入できたことが経緯にあるという。
イベント自体は無料で誰でも気軽に立ち寄れる催しとして開かれているが、運営予算はコンピューターサイエンス分野の名門として知られるカーネギーメロン大学のアートリサーチプログラム(Frank–Ratchye STUDIO for Creative Inquiry)によって賄われている。これらさまざまな要因が、LIKELIKEならではの場づくりを可能たらしめているのだ。
最後に場づくりという点で、ペデルチーニ氏によるゲームイベントの空間構成に対する考えを共有したい。LIKLIKEではRGBライトを用いて、いわゆるホワイトキューブ的な制度化されたアートギャラリーになってしまわないよう意識が向けられている。
これにはドキュメンテーション上の見栄えのよい演出効果も含まれているが、会場を訪れる幅広い年代の人々が「いったい何をやってるんだろう?」とナイトクラブに引き寄せられるような、そのぐらいのカジュアルさで実験的ゲームに出会ってほしいという願いが込められているのだとペデルチーニ氏は話している。
楽しげな雰囲気に誘われフラっと遊びにきたところ、実はものすごい作品に触れていた……だなんて、ある意味最も幸福なゲームとの交わりとも呼べそうだ。月に一度、訪れた者の認識や感覚を変容させるかもしれない特異点じみた夜が、どんな形でこれからまた現れるのか目が離せない。
※本記事の執筆にあたり、LIKELIKE公式サイトおよび2019年にGame Arts International Assemblyで行われたペデルチーニ氏の講演「CAN YOU BE LIKE LIKELIKE? Running a pop-up arcade in your spare time」アーカイブ資料を参照しています。
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