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『彼は私の中の少女を犯し尽くした』のテイラー・マッキューの初期作品2作が日本語化。トランス女性として経験してきたゲート・キーピングの問題を体験する
『彼は私の中の少女を犯し尽くした』(Steam)の作者テイラー・マッキュー(Taylor McCue)の過去作『これがあなたのためだから』(原題:Saving You From Yourself)(Steam/itch)と『Do I Pass?』(itch)が日本語化されました。
翻訳は私、鳥の王国が担当しています。どちらも無料で、itchではブラウザ上でのプレイも可能です。『これがあなたのためだから』はトランスジェンダーの人が医療にアクセスしようとしたときに起こるゲートキーピングを描いた作品で、『Do I Pass?』では自分が女性として「パス」しているかどうか知るために、バスの中で他人の心をのぞいてみます。以下、翻訳者としてこれら2作を紹介いたします。
執筆 / 鳥の王国
注意:『これがあなたのためだから』ではトランスジェンダー当事者による処方外のホルモン利用や医薬品の資格外利用、ゲートキーピングが、『Do I Pass?』ではミスジェンダリングなどの要素が扱われ、そういった点についてこの記事内でも言及しています。特に、『これがあなたのためだから』ではトランスジェンダーの人が医療から疎外される様が、プレイヤーへの負荷の高い形で描かれています。プレイに際してはその点にご注意ください。
『これがあなたのためだから』——セラピストとして、性別移行を望む人間に医療機関への紹介状を書くという権力
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『これがあなたのためだから』はトランスジェンダーの人の性別移行に先立つセラピーを題材としたビジュアルノベルです。もともとはTwine製で、のちにUnityでリメイク、さらに今回の日本語化にあたってGodotで作りなおされました。
ゲームでは、プレイヤーはセラピストの立場となって、女性への移行を望むアールに、医療機関への紹介状を書くかどうかを決定します。初回の診察後ただちに紹介状を書くこともできますが、「患者が間違いを犯すのを防ぎ」、「患者を守る」ために決定を先延ばしすることもできます。
いつ紹介状を書くかによってエンディングが変わり、それぞれでアールの人生の様相が描かれます。そして、最後まで紹介状を書くことを拒否し続けた場合、物語は動画形式のエピローグに移ります。そこでアールは正規の医療に見切りをつけ、先輩トランスジェンダーであるデニーズに導かれて郊外のホームセンターに向かうことになります。
作者のテイラー・マッキューはトランスジェンダー当事者であり、ここで描かれているセラピーのあり方は、当然ながらそれを肯定するものではありません。題名(原題を直訳すると『あなたを守る、あなた自身から』)も、「誰がほんとうのトランスジェンダーか、あなただけが決めることができます」という冒頭の言葉も、当事者から身体の自己決定権が奪われている状況の端的な表出であり、プレイヤーを否応なくゲートキーピングする側に立たせる仕掛けなのです。
従って、本作のプレイ体験は決して快いものではありません。初回の診察後すぐに紹介状を書けばアールは比較的楽に性別移行できますが、それとて医療が(そしてプレイヤーが)特権的な立場から権力を行使した結果にすぎません。さらに、ゲームとしての「クリア」はエピローグの閲覧にあるように作られており、それはつまり、紹介状を拒否し続けることこそが、いわば「トゥルーエンド」として設計されているということでもあります。
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こういった作りのせいもあって、英語版の公開当初、本作は反トランス的な人々だけでなく、親トランス的な立場からも批判的な反応が多く寄せられました(このあたりの経緯については、以前翻訳したインタビューでも触れられています)。
そういった状況を受けて書かれたKritiqalの記事は本作の意義を力強く認めたもので、コロナ禍において医療へのアクセスが全般的に制限されるなか、トランスジェンダーを筆頭とするマイノリティにおいてはその影響は一層強く、本作の描く問題もそのアクチュアリティを増し続けていると指摘しています。
残念ながら、本作のそのような意義はいまだ薄れていません。「アールが簡単に性別移行できることが、フィクションのハッピーエンドとしか思えないようではいけない。我々には、現実をもっと良いものにする義務がある」(ローヘッド)という言葉は、常に有効なままです。
『Do I Pass?』——本当に自分は女性になれたのだろうか?他人の心を覗く体験を通して、トランス女性の不安を体感する
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『Do I Pass?』も同じくトランスジェンダーとしての具体的な経験に根ざした作品です。GB Studioで作られた本作では、プレイヤーはあるトランス女性を操作します。主人公はあるとき、あやしいウェブサイトで魔法の呪文を見つけます。いわく、その呪文を唱えると幽体離脱して、他人の頭の中をのぞけるのだとか。トランス女性である主人公は、日頃から自分が女性として「パス」しているかどうかが気になっていたので、バスの中でその呪文を唱えて、自分が他人からどう思われているのかを確かめてみることにします。
プレイヤーは呪文を唱えて幽体離脱した主人公を操作し、バスの中で他の乗客がなにを考えているのかを読み取っていきます。その際、どのような思考を読み取るかによってエンディングが分岐します。
私にとって、本作の魅力は人々の考えを読み取ったあと、エンディングで主人公の考え方の変化が描かれる点にあります。「パス」という事柄についての考え方が、それぞれのエンディングで微妙にニュアンスを変えつつ併置されている、そのあり方が本作をゲームとして作ることに意義を与えていると感じるのです。
『彼は私の中の少女を犯し尽くした』の問題にたどり着く以前の体験
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今回日本語化した2作は、技術的にも内容的にも『彼は私の中の少女を犯し尽くした』の前史を形成するものと言えるでしょう。内容に関する注意にはご留意の上、関心がありましたらぜひプレイしてみてください。
鳥の王国
たまにゲームの有志翻訳などをしています。過去に『彼は私の中の少女を犯し尽くした』をはじめ、テイラー・マッキュー作品を翻訳。
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