▼言語▼文学から単語を探し、まさかの “Haiku(俳句)”を生み出す言語探索パズル『Haikuna』【月の裏側のビデオゲーム】
シーズンテーマ『言語』で特集しているタイトルです
『Haikuna』とは英文の中から単語を見つけ出し、日本の俳句——いや、 英語による“Haiku”を完成させるという、異色の単語探索ゲームだ。
本作は、英語による文学から、日本語による俳句を生み出すという、言語間の意味の違いから、別の可能性を見出していく一作でもある。英語と日本語、それぞれの言語で表現できる違いについて理解がある、翻訳などを行うゲーマーに遊んでみて欲しい一作でもある。
『Haikuna』の基本のゲームプレイは3D空間上に浮かぶ英文から、画面左上に提示された単語を探し出し、クリックして収集していくことにある。
目当ての単語が見つからない時は、マップ上の虫をクリックし、画面右上にいる鳥のYokaiに渡すことで助けを借りることもできる。すべての単語を集め終えると厳粛な雰囲気の中、完成したHaikuが読み上げられステージクリアとなる。クリアタイムに応じてスコアも表示される。
3D空間上の英文は『オズの魔法使い』、ジュール・ヴェルヌの『地底旅行』、そして『ドン・キホーテ』から作中の一文が引用されたものだ。いずれもパブリックドメインの文学作品から取られている。
そんな文学作品から単語を見つけ、組み合わせ、Haikuを作るゲームプレイからは、単語を異なる文脈で重ね合わせ、まったく新しい詩的広がりを持たせることを可能にする。言葉の意味の拡張とも言うべき作用を引き起こす。
英語に翻訳された俳句——Haikuがもたらす意味とは?
こうした『Haikuna』のゲームプレイはどのような意図や効果を生み出しているのだろうか。この問いに対する開発者の答えは、後述するミニインタビューという形で答えてもらっているが、先にゲームをプレイした私自身の所感を述べたい。
ゲームを始めた時、私には俳句という日本語の定型詩を英語に置き換えるという行為への違和感があった。この違和感は外国語から翻訳された日本語の詩を読むときに感じる「本当にこの詩自体を読めているのか?」という疑問と同じものだった。端的なのは英語への翻訳によって俳句の五七五や、12音節詩のリズムが崩れる点だ。
例えば『Haikuna』で使われた松尾芭蕉のHaikuと、オリジナルの俳句を並べてみよう。()内の数字はおおよその音節数。
まず一見して音節の数が大幅に異なる。オリジナルの15個の音節が、Haikuでは46音節に増加している。もはやそこにオリジナルのリズムの面影はない(この句はそもそも自由律じみているが)。
次に日本語の俳句と、本作のHaikuが表現する内容の違いにも目を向けたい。オリジナルの俳句を素直に読めば「目が覚めるのは9度目だが、夜明けまでは時間があるようだ」という意味になる。一方でHaikuの方は「9度目が覚めて月を見上げると、遅々とした(月の)足取りは真夜中であることを示している」というようになる。
オリジナルでは「月を見る行為」や「遅々とした時の流れ」そして「真夜中であることの説明」が言外にある。対して、Haikuではそれらが全て文章に起こされている。これは私の翻訳能力にも依るが、俳句に倣って主語を省くという工夫はむしろ英語としての文法上の破綻を招くのだが、それがオリエンタリズム的な神秘性をまとわせているようにも感じられる。そのような外部からの視線を本来の俳句は備えていない。
以上のように特に俳句に限ってみても翻訳というプロセスが及ぼす影響は大きく、やはり「その詩自体を受け取る」という事は不可能に近い。
しかし『Haikuna』が翻訳の限界を自覚していることはその構成から感じられる。『Haikuna』は翻訳によって成立しているHaikuをあえて単語単位に分解した上で、それを文学という全く異なる文脈上に散りばめる。
このHaikuに対する大胆な操作はゲームプレイにおいてどのような効果をもたらすのか?この文脈の改変は、Haikuの単語を文学上の文脈で再解釈することを可能にする。
たとえば、地底探検に訪れた一行が地底湖を見て地上と同様に潮の満ち引きがあることを発見する文章の中で、「moon」という単語はこのように位置づけられている。
この場面では近代自然科学の観点から、万物に影響を与える引力を持つものとして月(moon)という主体が捉えられる。
ここにおけるmoonという単語は荘厳に夜を告げる生活に根付いた風景としてのmoonであると同時に、SF文学上における自然科学の対象としてのmoonでもある。文脈や捉える主体は違えどそれは同じ対象である、という多層的な理解がここで生まれる。ここで先ほどのHaikuをもう一度見てみよう。
ここではmoonという言葉の一面的な解釈を脱している。Haikuからオリエンタリズム的な神秘性を払しょくすると同時に、オリジナルの俳句に有り得るはずもなかった、重力という科学的事実が引力によって働く月の能動性という新たな詩的風景を紡ぐことをも可能にする。
翻訳の限界を自覚し、1つの単語に対して複数の文脈を重ねることによってHaikuに新たな詩的広がりを持たせる。これが私がゲームプレイを通して感じた『Haikuna』の意図と作用だ。
なぜ俳句のゲームを作ったのか? 開発のGamiri氏ショートインタビュー
『Haikuna』の開発スタジオであるGamiriへのインタビューも掲載したい。これは私がバグの報告をする中で、開発者の方に『Haikuna』を始めとするゲーム開発の背景を聞いたところ快く答えをいただき掲載の許可をいただいたものだ。
――Gamiriはどの国の開発スタジオですか?また開発規模や、ゲーム開発以外の事業をしていますか?
Gamiri Gamiriは小さなスタジオです。 現在、フルタイムの社員が1名、ソフトウェア開発の契約社員が2名います。
Gamiriはビデオゲーム事業以外にも、書籍出版社のバックナンバーやその他のテキストアーカイブのための革新的な検索インターフェースの開発も行っています。
――私は日本人ゲーマーですが、俳句と文学というテーマに非常に惹かれました
Gamiri このゲームを褒めていただけることは、私たちにとって大きな意味があります。 これまでのところ、ほとんどの反応は沈黙か、このゲームを理解できないというものでした。
どちらも理解できることですが、私たちは、経験豊富なゲーマーがこのゲームを気に入ったり、試してみようと思ったりする可能性は非常に低いだろうと前もってわかっていました。『Haikuna』は最初の実験的な作品であり、少なくとも「コンセプトを証明する」ことができるものであると考えています。
――このゲームプレイに至った経緯や動機についてお聞かせください
Gamiri このゲームプレイに至った経緯についてですが、私たちGamiriという会社は、文章(本)とビデオゲームの融合を探求することに意欲を燃やしており、このような融合を探求する様々な仕組みや、複数の音声言語/文章言語を同じゲーム体験の中で表現することを試みています。
その背景には、私たちが子供の頃、両親が紙の本で物語や詩を読み聞かせてくれたという懐かしい思い出があります。その一方で、生成AIやアルゴリズムに左右されるソーシャルメディア、魅惑的なビデオゲームによって、若者の生活から物語や詩の力や美しさがいずれ完全に失われてしまうのではないか、という懸念があります。 『Haikuna』は、文字がどのような進化を遂げようとも、人間によって書かれたこれらの作品は、デジタル化された世界に永遠に残るということを表現しています。
またこのコンセプトを推進した現実的な制約のひとつは、『Haikuna』のすべてのテキストが、米国の著作権法に縛られることなく、合法的にパブリックドメインとして存在していることです。 もしパブリックドメインでなければ、ゲーム内で翻訳された俳句や小説を使用することはできません。
――翻訳された日本の俳句(Haiku)への印象はありますか?
Gamiri 俳句の英訳は、必然的にオリジナルの俳句に対する近似性が弱くなります。『Haikuna』は 翻訳という本来ロスの多い行為を自覚しながら、それをまったく異なる2つの文化の間の構文上の橋渡しとして悪用(abuse)することで、言語や構造にかかわらず、人間が書いた散文や詩はすべて神聖な宝物であるということを表現しています。
(※「地底旅行」が本来フランス語であり、「ドン・キホーテ」がスペイン語であることから、翻訳による多言語間の統合は日本語と英語だけのものではありません。)
――最後にGamiriの今後の活動についてどのようにお考えかをうかがえますすか?
Gamiri 私たちは文章言語をゲーム体験に直接組み込む方法を見つけ、ライターやビジュアルアーティストが自分の作品にこの方法を導入することを支援し、ビデオゲーム業界の一端に提供することに取り組んでいきます。
また私たちは、様々な障がいを持つ人でもプレイできて、自分を所謂「ゲーマー」だとは思っていないような人にも、インタラクティブ性と探索要素で惹きつけられるようなゲームを目指して制作しています。
お時間を割いてプレイしてくださり、また私たちに声をかけてくださり、本当にありがとうございました。次のゲームタイトルや革新的なテキストインターフェースについて、Gamiri社にもっと話を聞きたいという方は、お気軽にご連絡ください!
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