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▼言語▼考古学者が古代言語を解読し、過去の歴史を探るSFアドベンチャー『Heaven's Vault』【月の裏側のビデオゲーム】


【月の裏側のビデオゲーム】とは、メインストリームと外れた場所で、ビデオゲームの可能性を追求するタイトルを特集するものです。

シーズンテーマ『言語』で特集中のテキストです

歴史を調べることは、同時にいまの自分の立場にあるかを知ることでもあるという。では歴史家や考古学者は、その調査のなかで自らの立ち位置をいつも思い知らされているものだろうか?

実際そうなのか定かではない。だが少なくとも、『Heaven’s Vault』の主人公アリヤ・エラスラは考古学者として、何万年も前の世界の言語をひとつ解き明かすとともに、自分の存在を確認し続けている。

『Heaven’s Vault』は何万年も過去である古代言語の解析によって、主人公自身が現代でどのような立場であり、世界にはなにがあったのかを知っていく。そう、本作でプレイヤーは考古学者として、 “架空言語を調べることで、歴史を明らかにする”体験をもたらす一作なのである。

言語とは何か? 歴史とは何か? ふたつを探す旅が始まる。

執筆 / 葛西祝

本記事は無料で最後までお読みいただけます。ご購入をいただくと、軽いエッセイが記されています。


アリヤ・エラスラはいつもみたいにまっさらな青いヒジャブを被り、イオックス大学に訪れていた。大学側は消えたロボット工学者について調べてもらうためにアリヤを呼んだのだ。


アリヤはイオックス大学から、ロボットの「シックス」に付いてもらい、消えた工学者をたどる旅に出かけてゆく。アリヤが向かう広大な世界には、数々の古代遺跡がある。


アリヤは工学者を探す旅のなかで、遺跡に残された古代言語を解析していくことで、自分の歴史と数万年も過去の歴史が交錯していくのを感じてゆく。

『Heaven’s Vault』の面白いところは古代言語の解析はもちろんだが、解析していった先の歴史を見通していくことにある。ここに、プレイヤーが言語を通して、考古学者として過去を探索する体験が生まれている。

それだけではない。アリヤが古代言語を解析し、過去数万年の歴史を紐解くことが、現在の自分とどのように関連しているかという、歴史と現在の関係も体験させる。

本作には年表が表示されるシステムがある。作中世界の数万年規模の歴史と、アリヤ個人の人生の歴史が繋がって表示されている。ある文明の誕生とその滅亡のトピックスと、アリヤが初めてキスをしたトピックスが繋がって記されていることで、本作が「歴史とは現在の自分の立ち位置を知ることである」という体験を生み出している。

『Heaven’s Vault』における言語とその解析には、未知の世界を知ることはもちろんだが、より広範な体験としてこのように歴史と自分自身の立場とは何か、ということを知ることでもある。その意味で、非常に視野の広いコンセプトを持ったタイトルであり、いまも日本語のローカライズが求められる一作である。

さらに『Heaven’s Vault』は昨年2023年に本編ストーリーを再構築した小説版を電子書籍としてリリースしている。物語性に特化したタイトルをさらに掘り下げる試みである。

開発の「Inkle」から見える、ここ10年くらいの物語表現タイトルの潮流

開発したinkleは、ここ10年のあいだ独自の物語体験をもたらすゲームを作り続けている。しかし日本語ローカライズされたタイトルは少なく、国内で知っている方はかなり絞られるかもしれない。

inkleによる物語にフォーカスしたゲームは多様だ。ゲームブック、ストラテジー、ミステリーなど、1作ごとにまったく異なる物語体験をもたらすゲームをコンスタントにリリースしている

それだけじゃなく、inkleは独自の物語ゲームを作るエディターを作成しており、世界のインディーゲーム開発チームに貢献している。エディターを使う開発チームのリストを見るだけで、日本ではおそらく知られていないここ10年の物語表現を扱うゲームの潮流が見えてくるほどである。 

なにせこのエディターはメビウス的な画風のアクションADV『Sable』だとか、カップルの異星で暮らすRPG『Haven』、サイバーパンク世界のタクシー運転手となる『Neo Cab』などに活用されている。先日のレビュー『Goodbye Volcano High』にも使われているそうだ。

このことだけでもInkleに関連した作り手を振り返ることで、現代の物語表現の流れが見えてくる。また別稿でこのあたりも一回まとめておこうかなと思っている。

葛西祝
令和ビデオゲーム・グラウンドゼロ主催。
「ジャンル複合ライティング」というスタンスで、ビデオゲームを中核に映画や現代美術、文学、あるいはスポーツや格闘技なども越境するテキストを作り続けている。
●Twitter:@EAbase887 ●公式サイト
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