手紙は時を超えるメッセージ。
――過去に書いた手紙、もらった手紙を未来のどこかで開き、時を超えるメッセージを受け取るとき、えもいわれぬ感動がそこにはあるものです。
人生は物語。
どうも横山黎です。
大学生作家として本を書いたり、本を届けたり、本を届けるためにイベントを開催したりしています。
今回は「手紙は時を超えるメッセージ。」というテーマで話していこうと思います。
📚『株式会社タイムカプセル社』
昨日、喜多川泰さんの『株式会社タイムカプセル社』という本を読みました。株式会社タイムカプセル社という会社で働くことになった40代男性の物語です。
その会社はお客さんから以前受け取った手紙を指定された未来の日時に本人に配達するサービスを展開しています。失職中の主人公は大して調べもせずに応募したんですが、運よく採用されることになり、仕事を始めます。これが意外とハードワーク。決められた順番に日本全国を飛び回らないといけませんし、本人が姿を表さなければずっと待っていなければなりません。
ただ、過去の自分から届いた手紙は、今の自分の心を激しく揺さぶる力を秘めているもので、手紙を受け取った人たちは多かれ少なかれ感情が動きます。主人公はその様子を見て、自分の仕事の意義とやりがいを知っていくのです。
「人生はいつだってやり直せること」
「そのきっかけは過去の自分が持っていること」
そんなメッセージを僕は受け取ることができました。
📚僕は手紙が好き
今こうして書いている記事はPCを使ってキーボードを叩いて書いているわけですが、書いているというよりかは入力しているという表現の方がしっくり来ます。字を書くのに時間はかからないし、間違えてもすぐにdeleteすればいい。
でも、そんな風にして生まれた言葉には重みがない。
どんな文章から書き出せばいいかに悩んで書き始めるまでに時間がかかることもないし、筆や鉛筆やボールペンや万年筆の走る音を聞けることもない。間違えたら、修正するまでに時間がかかって、消しゴムで消せないのならもう一度書き直すこともない。
手紙には、それが全部あるんですよね。
だから、僕は手紙が好きです。
過去にもらった手紙はずっと残しておきたくなる人なんです。友達や恋人や家族からもらった手紙は今もなお大切に仕舞ってあります。
たまに、元カノからの手紙も保管していることを話すと相手に引かれることがあります。僕にとっては大切な思い出だし、そこには当時の記憶と感情が封印されているもの。過去の記憶を否定することは、過去と地続きの今の自分を否定することだし、別に否定されるものではないんじゃないかな。
過去に書いた手紙、もらった手紙を未来のどこかで開き、時を超えるメッセージを受け取るとき、えもいわれぬ感動がそこにはあるものです。
だから僕は手紙が好きです。
📚時を超えるメッセージ
思えば、僕の初書籍『Message』も「手紙」の物語だし、「時を超えるメッセージ」が題材です。そもそも手紙の物語にするつもりはなかったのだけれど、手紙好きが高じて導かれるように手紙を絡ませる物語に仕立てたのかもしれません。
『Message』は、成人の日を舞台にしたヒューマンミステリーで、「110」というダイイングメッセージの謎を解き明かしていきます。物語の最後、一通の手紙が届くんですが、そのなかで、「110」の正体が判明するのです。
「面白かったです」「涙が出てきました」「自分も成人式に何かしたいと思った」などなど、ありがたい声が届いています。嬉しい限りです。
もうすぐ成人の日ですし、未読の方は是非読んでいただきたい一冊です。特に成人式を控えている方には。以下の記事をのぞいてみてください。そこにはAmazonのリンクも貼ってありますし、試し読み用の記事も貼りつけています。
これからの僕の人生も「手紙」がひとつのキーワードになってくる予感がしているので、また手紙の物語を書いていきたいと思うし、手紙を絡めた面白いことを展開していけたらいいな。
手紙は時を超えます。
普遍的な物語になり得る可能性があるし、いつまでも残り続ける人生になり得る可能性がある。手紙を書くように生きていきます。最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
20230104 横山黎