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【エッセイ】ストーリーギバー


ストーリーギバー


「サンタになる!」

 眠気眼の君は、僕がかぶっていたサンタ帽を手にした。少し頬を赤らめながら微笑む君から、「目をつぶって」と頼まれる。瞼を閉じると、ブルーライトに焦がされた瞳の悲鳴が聞こえた気がした。

 クリスマスイブの夜の終盤、さっきまで、僕は卒論の執筆をしていた。正式な締め切りは来月十日だが、ゼミの締め切りはクリスマスだった。僕は「桃太郎」ついて研究していた。「桃から生まれた桃太郎」で名が高い桃太郎だけれど、昔の桃太郎は桃から生まれなかったりする。桃の力で若返った老夫婦の子作りによって誕生する桃太郎が存在していた。江戸時代まではむしろそういう物語の方が多かったくらいだ。時代によって物語が変わる桃太郎に強く興味を惹かれたのだ。

「……よし。終わった」

 とりあえず結論まで書き上げた。あとは誤字脱字を確認したり、体裁を整えたりするだけだ。今夜はこのあたりにしておこうと区切りをつけた。

 僕のそばで、君が眠っていた。

 ゆっくりと、身体を揺らす。

 むくりと起き上がると、思い出したように「サンタになる!」と言い出したのだ。その言葉の意味するところを瞬時に理解する。僕も気にしていたことだったから、余計に理解が早かった。

「手出して」

 胸の前に揃えて出した両手に、質量。

 開眼を許されて開けた眼に飛び込んできたのは、ラッピングされた、何か。何枚かの茶色い地の紙を貼り合わせてつくられた包装紙で、訊けば、君が手作りしたものだという。

「さすがですね」

 僕は笑いながら、そのプレゼントをもらった。君はよく分かっている。僕がこういうプレゼントを好むことを。

 今の僕にとって、きびだんごというギフトは、どんな高価な財布よりも鞄よりも意味のあるものだった。意味というより、物語がある。

 物語のあるギフト。

「僕もサンタになる!」

 俺のターンドロー、と言わんばかりに僕はサンタ帽を奪い取る。「目をつぶって」と言い残し、僕は手提げカバンから君へのプレゼントを取り出した。

 バイト帰りに僕がBOOKACEに立ち寄ったのは、ブックサンタになるためだけではなかった。君に渡すプレゼントを探すためでもあった。むしろ、そっちの方が大切だった。だからこそ、「一緒にブックサンタしたい」という君の声を流して、心痛くなりつつも、ひとりで本屋に立ち寄ったのだ。

 贈る本は決まっていた。

 有川浩の『ストーリーセラー』。

 難解な思考をすれば脳を劣化して死に至る病気を患った妻は、作家。生きたければ作家をやめないといけない妻と、それを支える夫の物語。別に大きな根拠があったわけではないし、なんなら僕はこの本を読んだことがないけれど、必ず君に響くものがあると何故か確信していた。最近、君は有川浩の本を読んでいた。『レインツリーの国』と『植物図鑑』。同じような系列の有川浩の本を贈ることに意味がある。リボンが巻き付いているような表紙だから、ギフトとしての価値も高い。この本を贈らない理由がなかった。

 君と同じような行程で、僕は君にプレゼントを渡す。

 ラッピングを解くと、君の顔が綻んだ。

「絶対に、僕も君も好きな本です」

 そんな言葉も添えてみた。僕も君もつくる人だし、読む人だし、そして贈る人。物語の登場人物たちに共感することはほぼ間違いない。喜んでもらえたようで、よかった。

「もう一度、目をつぶって」

「え? ああ、うん」

 プレゼント複数ある感じのやつね、と嬉しがりながら目を閉じる。きびだんごで終わらないとは思っていたけれど、正直ちょっとほっとした。

 またしても同じ行程が繰り返される。さっきと同じ君の手作りの包装がされている贈り物。でも、きびだんごよりも大きいサイズ。

 古いアルバムをめくるように、包装を解いていく。

 ショーンタンの『アライバル』。

 絵だけが描かれていて、文字が書かれていない特殊な絵本。君に紹介されてから、僕が気になっていた一冊だった。ひらひらとページをめくる。少し覗いただけだけど、演出も絵のタッチも僕好みだった。無人島に持っていくなら、この一冊を持っていきたいと思った。何度だって読み返せる。永遠に、物語が生まれていく。

 物語のあるギフト。

 たとえそれが誰かにとってはゴミや塵のようなものだとしても、当の本人からしたら美しきもの、一生大切にしていきたいものだったりする。

 そもそもプレゼントってそういうもの。流行りとか評判とか体裁とかじゃない。その人の期待に応えられるかどうか。超えられたら万々歳の代物。

 ストーリーギバー。

 これからもそんな人で在りたい。きっと君もそんなことを思っている。

 お互いに物語を贈り合っていけたらいい。いつまでも抱えられる物語が増えていけばいい。もう持てないね、なんてしあわせな悩みが尽きなければ、それでいい。



※このエッセイの続き↓↓↓


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