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素敵な恋愛と中庸

お久しぶりです。玲奈です。
書くことが思いつかなかったので、少しだけnoteから離れていました。

今日は、最近自分の中でよく考えている「恋愛と中庸」について書くことで、自分の気持ちを整理してみようと思います。

中庸とは「偏らず常に変わらないこと」を意味しますが、思い返してみれば、私自身のこれまでの言動は中庸とは正反対だったような気がします。

とにかく極端というか、考え方や行動が0・100になりがちなのです。
好きなものはとにかく好きだけど、嫌いなものはとことん嫌い。
これはこれで良い一面もきっとあると思うのですが、私の場合0・100になりすぎて周りが見えなくなってしまうことがよくありました。
それが最も顕著に現れるのが恋愛でした。

恋愛が最優先になってしまって恋人と過ごしていない時間に強い不安を感じたり、尽くしすぎて恋人ではなくお母さんみたいな存在になってしまったり。
大抵の場合、私が好きになればなるほど、相手の気持ちはどんどん冷めて徐々に関係性が破綻します。

ずいぶん前からこんなことを何度も繰り返して、ようやく気が付きました。
恋愛以外に力を注げることがないと、恋愛は上手くいかないということ。

人間の欲求は上限がなく、応え続ければそれだけ欲求も大きく膨れ上がっていくものです。
恋愛だけが自分の軸になってしまうと、その分相手に対する依存度がどんどん高くなり、最終的には相手が受け止めきれなくなるぐらいまで肥大してしまいます。

私が思うに、恋愛だけに全力を注いでしまうのは、自己肯定感の低さが影響している気がします。
自分は価値がない人間だと思い、「相手に嫌われたくないから相手のために何でもしたい」「何もできないからせめて相手の役に立ちたい」「こんな自分で好きでいてくれる人なんて、今後もう現れないんじゃないか」などと考えてしまうのです。
もっと厳しい表現を使うなら、私は自己肯定感の低さを盾にして、優しさを向けてくれる相手にべったり甘えていたと言ってもいいかもしれません。
相手の役に立ちたいと口では高尚なことを言いながらも、本当は自分が楽になりたくて尽くしていたのだと思います。

自己肯定感を高めるのは、簡単なことではありません。
私自身、今でこそ以前と比べれば遥かにマシになったものの、自分に少し自信を持てるようになるにはかなりの時間が必要でした。
勉強、サークル、バイト、仕事、趣味など、何年もかけて頑張ったことを1つずつ積み重ねていくうちに、ようやく「自信」という光がぼんやりと見えてきて、自分の中で何かが大きく変わり始めました。
社会人になって毎月一定の収入が貰えるようになり、美容や趣味、ファッションなどにお金をかけられるようになったことも、おそらく自分が変わるきっかけの1つだったと思います。

頭で分かっていても中々実践できないというのが恋愛の難しいところです。
それでも、自己肯定感が低すぎて恋愛に依存し、しんどい思いをしていた昔の自分と比べれば大分生きやすくなったのではないかと。

自分を大切にしながら、素敵な恋愛ができるようになるといいなあ。









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