元カレからの知らせ
新居の電話が鳴ったのは、まだ寒い2月の雨が降る日だった。
受話器を取ると、懐かしい声が聞こえた。息を呑んで思わず電話を切る。
またすぐに鳴った。
「彩耶、切らないで!」
「……。」
「今日はね、報告があるんだ」
やっぱりカレだった。心臓がズキっとする。きっと、結婚の報告だ。
「オレね、婚約したよ。」
鋭利な刃物で突き刺されたようなショック。
「そうなんだ……。良かったね。おめでとう!」
受話器を耳に押しあてて、カレの返事を待つ。そう言えば、よくこうやって夜中まで喋ってたっけ。
「うん。ありがとう。まあ、そんなわけさ。彩耶はどうしてる?」
「私もね、去年の10月に結婚したんだ。」
浩之が息を呑むのがわかった。
「そうか……。それはおめでとう。」
浩之の言葉が続く。
「……。彩耶、あの頃は色々とごめんな」
「ううん。私こそゴメンね。お互いに若過ぎたよね」
「そうなのかな?」
「うん。そうだよ」
「オレね、彩耶と別れた後、あちこち転々としたんだけどさ、今の職場がすごく良くてさ。給料もあの頃の3倍だし、残業はほどんどないしさ。あの頃悩んでいたこと、ほとんど全部消し飛んじゃったよ。まったくさ、もっと早く転職すれば良かった。」
「そうなんだ。それはよかったね」
「あーあ。そしたら彩耶と別れずに済んだのにな。」
「……そうかもね。でも、人生は、なかなか思い通りにはならないよね。」
「そうだね、本当に。」
「あのね…… 私ね、今日の電話でなんかホッとしたわ」
「そう?」
「うん……。私ね、あなたをすごく傷つけてしまったこと、ずっと気になってたんだ。本当にゴメンね」
「……ううん。ま、しょうがないよね。」
「素敵な彼女が見つかって良かったね」
「オレさ、もう誰にも傷つけられなくないし、誰も傷つけたくもないんだ。だからさ、結婚することにした。彼女はね、彩耶みたいな美人じゃないし、英語もできない。どちらかと言うとちょっとブスでし、大学も出てないし、着付けも英語もできない。それどころか、ろくにお化粧もしてないし、海外旅行すら行ったことがない。でもね、すごくいい子なんだ。だから、この子だけは泣かせたくはないな、と思ってさ。」
そんなこと言われても、何も言えないよ、浩之。相変わらずデリカシーがないなあ。
「……。ねえ、式の日は、もう決まったの?」
「うん。5月20日」
「あら、天気のいい頃ね」
「ねえ、彩耶。オレたち、また友達になれないかな?」
「浩之、それはダメ。あなたのフィアンセがそのことを知ったら、すごく悲しむわよ。傷つけたくないんでしょ?」
「そっか……。まあそうだな。」
「じゃあオレもう切るわ。そろそろ仕事に戻らなくちゃ。彩耶、幸せにな。」
「うん。ありがとう」
「浩之も幸せにね」
「うん。わかった。」
「またね」と言いかけて、「また」があってはいけないことに気がついて、そっと静かに受話器を置いた。
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ねえ、浩之、さっきは話せなかったけど、私もあなたと同じ理由で結婚したんだよ。好きだって言ってくれる人が現れて、また誰か人を傷つけるのが怖くて、だから、その人を愛することに決めたの。
でもね、本当は今でも、あなたのことが一番好き。だからね、もし友達でいたら、きっとヨリを戻してしまうと思うんだ。そして、お互いの家庭を破壊してしまう。だから、キッパリと別れないとダメなんだよ。
浩之のフィアンセが羨ましいな。あの頃みたいに、なんでも二人で面白がりながら暮らしたかったよね。
ずっと好きでいてくれてありがとうね。
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私って、最後まで都合のいい女だな。
あなたを振ったのは、他でもない私だよね。顔をクシャクシャにして立ち去るあなたの背中を見送ったのは私自身だった。だから、本当は今でも一番好きだなんて、言ってはいけないよね。
ほんとうにゴメンね、浩之。
そして、今度こそ、本当に、
さようなら。