ヒトは損が大嫌い?行動経済学の臨床応用
『行動経済学』という学問・研究手法を聞いたことがあるでしょうか?
行動経済学(こうどうけいざいがく、英: behavioral economics)とは、経済学の数学モデルに心理学的に観察された事実を取り入れていく研究手法である。
(Wikipedia)
簡単に言うと、人間の選好や行動パターンを研究し、より少ない介入で好ましい行動を導こうとする学問です。
最近ではこの『行動経済学』の考え方・研究成果を取り入れた生命保険が発売されるなど、少しずつ身近なものになってきています。
多くの分野で活用され成果を挙げている『行動経済学』ですが、理学療法やリハビリテーションの分野ではどのように活用することができるでしょうか。
今回はそんなことを考えてみたいと思います。
この記事を読むと、
●『行動経済学』とは何かがわかる
●ヒトに合理的な行動を促すためのポイントがわかる
●『行動経済学』の臨床応用を考えられる
ヒトの行動はちょっとしたきっかけで左右される
まず、『行動経済学』の研究成果として絶大な効果を挙げた取り組みを紹介しましょう。
女性はピンとこないかもしれませんが、男性は駅や空港の男性用便器にハエや的のシールが貼ってあるのを見たことがあるのではないでしょうか。
コレが『行動経済学』の研究結果から考案された、便器周辺の汚れを防ぐための取り組みです。
ヒト(男性)は本能的に的を狙おうとするという行動パターンがあり、この行動パターンを利用したのが、ハエや的のシールを便器の中に貼るという取り組みなのです。
ヒトは得をするより損をしたくない
ヒトは得をするのが大好きです。
全く同じ商品であれば、例え10円の違いだとしても、安い方を買いたくなりますよね。
しかし、『行動経済学』でヒトの行動パターンを研究していくと、得をする行動よりも損をしない行動を選択するヒトが多かったのです。
損をしない行動というのは、一度得た利益を失わないようにするための行動のことです。
冒頭で書いた『行動経済学』に基づく生命保険ですが、これもこの行動パターンを利用しています。
加入時点で保険料を割り引き、健康を促進する行動をとれば割引が維持され、健康を阻害する行動をとれば割引がなくなる(保険料が高くなる)という仕組みになっています。
健康的な行動をとった結果割り引かれるのではなく、健康を阻害する行動によって先に割り引かれた保険料が高くなる。つまり、一度得た利益を失ってしまうことになるわけです。
得をするよりも損をしたくないという人間の思考・行動パターンを利用した、『行動経済学』に基づく合理的な仕組みになっていますね。
行動経済学をリハビリテーションの臨床に応用する
ここまでいくつか挙げてきたような、人間の思考・行動パターンに基づいた、好ましい行動を起こすためのちょっとしたきっかけのことを、『ナッジ(nudge)』と呼びます。
ナッジはヒトの行動に非常に大きな影響を与えます。
本当にちょっとした工夫によって、より好ましい行動を起こさせることが可能になるのです。
では、このナッジをリハビリテーションの臨床に応用することは可能でしょうか。
どのように応用すれば良いでしょうか。
例えば、損をしたくないという人間の心理を利用するのであれば、次の2つの声かけのどちらが良いでしょうか。
「運動すれば、体力が向上しますよ」
「運動を続ければ、向上した体力が低下しませんよ」
この場合、後者が有効だと考えられるのではないでしょうか。
せっかくここまで頑張ってきた、体力が向上してきたのだから、それを失うのは嫌なはずです。
こうして運動を続ける習慣をつけてしまえば、身体反応→情動の変化という好循環が生じるはずです。
身体反応と情動の関係については、情動について書いたこちらの記事もご覧ください。
上記は声かけの例でしたが、自宅や病室の環境設定にもちょっとした工夫で好ましい行動を引き起こすことができるかもしれません。
例えば、ベッドから立ち上がるの際に足部の位置を調整(手前に引くこと)ができなければ、望ましい足の位置に足形のテープを貼るとそこに足を合わせたくなるかもしれません。
手すりを掴む場所が遠くなりすぎる場合、望ましい場所に赤いテープを貼ると、そこを掴みたくなってくれるかもしれません。
このような環境設定にも『行動経済学』の考え方は利用できるのではないでしょうか。
もちろん、全ての患者さん・利用者さんがこのように上手くいくわけではないと思います。
そもそも体がしんどくて、できれば動きたくないと常々感じている方もいらっしゃるので。
それでも、何も考えずに声かけするよりは、少しでも『行動経済学』的に効果的な声かけや環境設定の工夫をしていくことは有効なのではないでしょうか。
まとめ
今回は『行動経済学』を紹介し、リハビリテーションの臨床にどのように応用するかを考えてみました。
『行動経済学』ではちょっとした工夫(ナッジ)によって合理的な行動を促すことが追求されています。
人間は意外に合理的な行動を選択することができないものです。
そしてそれは、患者さん・利用者さんも同様です。
『行動経済学』の考え方を知っていると、日々の声かけや環境設定において、合理的な行動に導く工夫ができるかもしれませんね。
もっと学びたい方へ
実践 行動経済学
『行動経済学』を学ぼうと思ったら、まずはこちらの書籍を読むと良いのではないでしょうか。
おわりに
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