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昔好きな男からお前の話はくだらないと言われた私/真野愛子

大学生の頃、彼から「おまえの話はくだらない」と言われた。
確かにわたしの話は理論的でないかもしれない。
語彙も少ない。
けど、あなたに聞いてほしいのだ。
それを「くだらない」と言われ、幼いわたしは大いに不満だった。

季節が何度も変わってわたしは彼に別れを切り出された。
「好きじゃなくなった」と言われ、それから毎日擦り切れるほど泣いた。
わたしの方はつきあいはじめた頃よりずっと彼を好きになっていたのだ。
人生であんなに泣いたのは後にも先にもあの時だけだろう。
失恋したわたしはこんな決意をした。

「いい女になってやる!」

今、振り返ると恥ずかしい。
離れていった男を後悔させようという魂胆が浅ましいが、当時は本気でそう思っていた。
いい女になろうと決意したわたしはその後どんな努力をしたかさっぱり忘れたが、社会人になって憧れの同性の先輩に出会えてその人みたいになろうと目標を定めた。

Nさんは美人で仕事ができて性格もよかった。
ため息が出るとはこのことだ。
そしてNさんの話は「くだらな」くないのだ。
知性があり、ユーモアがあり、柔らかさで包んだような気遣いがいつもあった。
わたしはNさんに憧れていたけど恐れ多くて近づくことはできなかった。
ある時だ。
Nさんが会社の休憩ロビーでひとりテレビのニュースを観ていた。
わたしがその横を通り過ぎようとしたら、「ねえ」と話しかけられた。
ドキッとした。
わたしが立ち止まるとNさんはテレビ画面を指してこう言った。

「この女性キャスター、目尻のシワとったよね?」

え? ……へ??
意外だった。
熱心にニュースを見ているのかと思ったらそんなところを見ていたのか。
知性派のNさんだけにわたしは拍子抜けした。
正直そんな「くだらない」ことを言う人だとは思っていなかったのだ。
返答に困ったわたしは戸惑いをそのまま口にした。
「い、意外です。Nさんでもそんなこと言うんですね……」
するとNさんこそ「え?」という顔になり、すぐにわたしの言った意味を理解したみたいでこう言い返してきた。

「あなた、私のことなんだと思ってるの? 女だよ。こんなことでも言ってなきゃ、やってられないよ」

とアポロチョコをポンと口に入れた。
Nさんはスゴい。
女はくだらないと認めている。
おまえにはそれができないのだ、と一瞬で思い知らされた気分だった。
わたしはますますNさんに憧れようになった。

その後わたしがNさんのようないい女に近づけたかというと、まったく失敗して逆にどんどん「くだらない」女になっていったような気がする。
けど、大学生の頃おつきあいした彼のように、
「おまえの話はくだらない」
という男性にはお目にかからなくなった。
世の男性はものすごく優しくなったのだろう。
女の話を聞くのが役目だと受け入れている気すらする。

ふと疑問がわく。

Nさんは女のくだらなさを認めているからこそ、いい女なのだと悟ったわたしだが、わたし自身はどんどんくだらない女になっているのに、未だいい女になれてない。

なぜよッ!?(笑)

理由なら、じつはわかっている。
まだ、認めていないからだ。
男性に対抗しようなんて気はサラサラないけど、働いてると、ときどき男性がうらやましいと思うことがある。
暴力を振るう男は最低で大嫌いだが、わたしはまだ「おまえの話はくだらない」とガツンとやられたいのだろう。
矛盾してる?
理論的でない?
けど、わたしはそうだ。
ガツンとやられて、認めてしまいたいのだ。
そのほうがずっとラクになれる。
そんなことくらいはわかっているのだ。わたしだって。
この男たちは途方もなく巨大な鈍器でわたしをぶちのめしてくれた。

映画監督・鈴木清順
漫画家・水木しげる
作家・川端康成

ただ、畏怖とともに見上げるのみだ。
あと少し。
あと少しで、わたしは女になれる気がする。
わたしは、いつか出会うあなたに粉々にされたい。

【真野愛子 プロフィール】
フリーライター。『アンポータリズム』などにコラム掲載。超インドアですが、運動神経はよい方だと思ってる20代。料理と猫とバイクが好き。将来の夢はお嫁さん(笑)。


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