落とし物屋
知らない町に迷い込んだ。知らないはずなのに、何となく来たことあるような懐かしい町並だ。キョロキョロしながら歩いていると、
落とし物屋
と書いた暖簾が目に止まった。面白そうな店だ。間口の狭い入り口に掛かる藍染の暖簾の隙間からちょっとのぞいてみると、
いらっしゃい
と、元気な声がして、小学生くらいの少年と目が合った。そうっと中に入って来た私に、
ここは落とし物を専門に扱っております。
にっこり笑いながら彼が言った。
落とし物?
そうです。誰にでも探しても探しても出て来ない落とし物ってありますよね。それを扱ってます。
私は小さな店内を見回した。なるほど、いろいろなものが所狭しと並べられている。
へー、これって全部落とし物なんだ。それにしても・・・
そう言い掛けたとき、古いデザインの水筒が目に止まった。あ!これは・・・
早速ありましたか?
私の驚いた様子を見て、少年はまたにっこり笑った。
この水筒ははるか昔、私が友達と博物館に行ったときに忘れてきた水筒だった。その証拠に肩紐には、母の字で書かれた私の名前もあった。その水筒を眺めていると、忘れていたたくさんの思い出も蘇って来た。この水筒を下げて出掛けたいろんな場所のこと、一緒に行った友達の顔、そして忘れた水筒について、博物館に電話で問い合わせしている母の横顔。
懐かしい記憶が次から次へと思い出されていく。
懐かしい記憶の渦の中に浸りながら、ぼんやりと店内を見廻していると、何処かで見た事のある指輪が目に留まった。
これは?
きれいな指輪でしょ?
少年はそういうと、私の掌に指輪を乗せてくれた。
それは私が妻に贈った指輪だった。
妻がどこを探しても見つからないねよね・・・と言っていた指輪。そうか、ここに届いていたのか。そう思いながら指輪を眺めていると、この指輪を選んだときのこと、プレゼントしたときの彼女の驚いた顔など、指輪に纏わる素敵な思い出がたくさん蘇って来た。そして、指輪が見つかり、喜ぶ妻の顔を想像した。
また忘れ物が見つかったようですね。その指輪、忘れた人が取りに来ないって言って、この近くのホテルのオーナーが持ち込んで来たんです。心当たりあるんですか?
そう言うと少年は、にっこり笑った。
(了)