30年
主人と私は、秋の連休を利用して、美しい自然とレンガ作りの建物が評判のウィスキー工場へやってきた。
この酒蔵にある樽って、30年前に蒸留されたウィスキーが入ってるんだって。
私がそう言うと、パンフレットを見ながら主人が、
へー!あなたも酒樽オーナーになりませんか?だってさ。今年樽詰めされたウィスキーが30年モノになったら知らせてくれるサービスか。今日の記念に申し込んでくるか!
と言って、受け付けの方へかけて行ってしまった。
残された私は、一人、煉瓦造りの酒蔵に入ってみた。古めかしい大きな樽がたくさん並んでいる。
バッグの飾りがとれかかってるわよ。私が直してあげようか?
と、背後から声がしたので、驚いて振り向いてみると、中年の女性が立っている。私は言われるがまま、素直にバッグを差し出した。
この飾りは取れやすいから、こうすると取れ難くくなるのよ。
そう言いながら、彼女は作業をはじめた。そして、
私ね、30年前もここに来たことあるの。あの時仕込まれたウィスキーが、今年出荷されるってオーナーからお知らせもらってね。だけどこの30年、本当にいろんなことあったな‥
おばさんは手を動かしながら、30年間の思い出話しを延々と話し、私は相槌を打ってはいたが、面倒くさいなと思いながら、話しを聞き流していた。
はい。修理完了です。
おばさんはニコっと笑い、そう言ってバッグを差し出した。そして私がバッグを受け取ろうとしたとき、
おーい!
蔵の外から、彼の呼ぶ声がした。
おばさん、ありがとう!元気でね。
私は慌てお礼を言って、バッグを抱え入り口に向かって走り出した。
工場の駐車場へ向かう吊り橋の上で彼が、
30年後楽しみだな。今度来る時は孫が居たりして。
そう言って予約表を見せてくれた。そして
お前、バッグに何か挟まってるぞ。
と言うのでバッグを見ると、確かに何か紙が挟んである。私はそれを広げてみて驚いた。それはかなり古ぼけてはいるが、彼が持っているのと同じ予約票で、今日の日付けと私たちの名前も書いてある。
もしかして、あのおばさん‥
そう呟いた瞬間、どこからか風が強く吹いてきて、私の手から、その古ぼけた予約票を巻き上げた。
あ!
紙は風に乗り、山の向こうにいってしまった。私はそれをみながら、あのおばさんの話、もっとちゃんと聞いておけば良かったなって、ちょっと後悔した。
(了)