【読書感想文】デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士 著:丸山 正樹
あらすじ
恋愛も仕事も定まらない、中途半端な人生を送る中年男性、荒井尚人。
職を探していた彼は、特技である手話を活かして、手話通訳士として働き始める。
耳の聞こえないろう者のコミュニティは狭く、手話が堪能であった荒井の存在は、多くのろう者に知れ渡った。
遂には、通訳士としてNPOの専属で仕事をするようになり、彼の技能は大いに生かされる。
しかしそこから、彼の過去と、現在に起こった殺人事件が交錯し始める。
荒井の曖昧な人生の理由、ろう者の定義づけ、そして彼らに必要な権利とコミュニケーション。ままならないそれぞれの苦闘が次第に明らかになり……。
聞き逃されてきたマイノリティの切実な思いは、聞こえる者たちへ届くのか──。
感想
仲介者とは、立場を違えたコミュニケーションに不可欠である。
荒井はコーダ(ろう者を親に持つ聴こえる子)であり、聞こえる者と聞こえない者の架け橋であった。しかし同時に、どちらにも寄る辺がない者であった。
ろう者に、敵か味方かを問われ続け、最終的には、敵でも味方でもなく”コーダである”と、彼は自らを定義づけた。彼の決断は、殊勝極まりない。
聴こえない分を伝え、言葉を出さない分を理解し、相手に寄り添って通訳をしていくことで、齟齬を埋めていくしかない。彼のそういった気概が読んで取れた。
彼自身は、聴こえる者と聴こえない者、どちらの線引きにも漏れた人間である。どちらにも立脚できず、かといって、必要な時には頼りにされてしまう、周りに理解者の生まれない懊悩を抱えてきた。
されども、彼は仲介者として、正確な交渉と円滑な伝達を続けていく。
異なる立場を繋ぐことで、彼自身にも仲間が生まれていくように思う。
『いつもは「饒舌」な老人が、髪を刈っている間は「何も言わない」のもおかしかった。手が離せないのだから話しようがないのだ。そう考えると、知らず知らずのうちに笑みが湧いてきた』
こういった優しい寄り添いがより一層増えていくと良い。デフ・ヴォイスの数少ない理解者は、その声を汲み取り、これからも伝え広めていくはずだ。
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